新幹線で京都と東京を往復すると、晴れた日には三島駅の北側に富士山がよく見える。その中腹には大きな穴がポッカリと空いているが、江戸時代に大噴火した火口であることを知る人はそう多くない。
もし「こだま」で三島駅に下車する機会があれば、北側の改札を出たところにある溶岩の露頭(地層が見える崖)を見てほしい。三島溶岩と呼ばれる約11,000年前の噴出物で、この現象を現代に置き換えると、玄武岩質の溶岩がサラサラと流れて東名高速道路と新幹線を寸断し太平洋に達することを意味する。すなわち、富士山の噴火によって東西物流の大動脈が何カ月も断ち切られる非常事態である。
本書は「富士山はいつ噴火するのか?」を分かりやすく解説した啓発書である。「ちくまプリマー新書」という高校生向けのレーベルで、見やすい図版と写真が満載されている。
実は、富士山はいつ噴火しても不思議ではない活火山だと知って驚く人は少なくない。2022年3月に、噴火が起きたらどうなるかを地図上で詳細に予測する「ハザードマップ」(火山災害予測図)が17年ぶりに改訂された。
今から300年ほど前の1707年に富士山は大噴火した(宝永噴火と言い、先ほどの火口は宝永火口と呼ばれる)。大量の火山灰が東方へ飛来し、横浜で10センチメートル、江戸で5センチメートルも降り積もったのだ。
いま富士山が噴火したら、風下に当たる首都圏では江戸時代とは比べものにならない大被害が出る。ハイテクの高度情報都市は細かい火山灰に極めて脆弱で、コンピュータに入り込んだ火山灰が通信・運輸機能をダウンさせるからだ(鎌田浩毅著『火山噴火』岩波新書)。
国の中央防災会議が行った被害想定では、噴火から約3時間で都心が火山灰の直撃を受ける。噴火後の15日目に都庁付近では10センチメートルほど積もり、大混乱になるだろう。具体的には、東日本大震災で発生した廃棄物の10倍に当たる総量4億9000万立方メートルの火山灰を都内から撤去しなければならないのだ。
著者は神奈川県温泉地学研究所に所属する火山学者で、一般向けの分かりやすい解説では定評がある。「現代都市は降灰に弱すぎる」(本書200ページ)、「一番の問題は水不足」(202ページ)というように、著者は富士山から火山灰が降ってきたらどう対処すれば良いかを丁寧に説明する。
エンジンを停止させる火山灰は航空機にとっても大敵で、羽田空港はもとより成田空港まで使用不能となる。さらに江戸時代の記録によれば、1カ月も舞い上がる火山灰によって目の痛みや気管支喘息を起こす人が続出し、現代で言えば医療費が跳ね上がることは必定だ。「都市への人口集中は火山に限らず、防災の面から明らかにリスクが大きい」(213ページ)のである。
かつて、火山の噴火が国際情勢に影響を与えたことがある。1991年のフィリピン・ピナトゥボ火山の大噴火では、風下にあった米軍のクラーク空軍基地に大量の火山灰が降り積もり使用不能となった。これを契機に米軍はフィリピン全土から撤退し、極東の軍事地図が書き換えられた。近未来の富士山噴火によって、厚木基地をはじめ在日米軍の戦略が大きく変わる可能性も否定できない。
もし江戸時代のような噴火をすれば2兆5000億円の被害が発生すると内閣府は2004年に試算した。ところが、これでも過小評価ではないかと多くの火山学者は考えている。
私も「火山学的には富士山は100%噴火する」と説明してきたが、それがいつなのかを前もって言うことは極めて難しい。噴火予知は地震予知と比べると実用化に近い段階まで進歩したが、一般市民が知りたい「何月何日に噴火するのか」に答えることは不可能なのだ(鎌田浩毅著『知っておきたい地球科学』岩波新書)。
さらにプロの研究者でも予測不能な事態はいくらでも起きる可能性がある。よって著者はこう喝破する。「大規模降灰の問題は火山学者が、今までの知見をもとにアドバイスをして、行政や住民がそれを守れば解決、というような単純な問題ではない」(207~208ページ)。至言である。
我が国有数の活火山である富士山は現在、噴火の「スタンバイ状態」にある。本書の基礎となる地球科学を解説した拙著『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)とともに、次の噴火に遭遇する前に知識を補充していただきたい。富士山の噴火対策は首都直下地震、南海トラフ巨大地震とともに、我が国にとって喫緊の危機管理項目なのである。