地球科学には「過去は未来を解く鍵」と言うフレーズがある。過去に起きた現象を詳しく分析し、その中で働いているメカニズムを明らかにし「物理モデル」を立て、未来に起きる現象を予測する。
未来を予測・制御するのは自然科学が持つ基本的な機能で、理学も工学も医学も基本的には同じ原理で動いている。ところが地球科学だけは他の理系分野と異なり、過去に起きた現象が138億年にわたる宇宙の歴史の中で一度だけ、と言う場合が少なくない。
すなわち、偶然に起きた現象、全く再現性のない事象も科学の対象として扱う点が、数学・物理学・化学などと大きく違うのだ。こうした学問体系から地球科学は「歴史科学」と呼ばれることがある。しかも、再現されるとは限らない過去の現象の中から、共通する性質もしくはメカニズムを明らかにし、未来を予測するベースとして事実と理論を蓄積してきたのである。
この方法論には限界があり、未来では必ず「想定外」が起きる。というのは、我々が蓄積した地球科学の知識は、当然ながら自然界全体のごく僅かしか記述していないからである。こういう状況を知りながら地球科学者は「過去は未来を解く鍵」という勇敢な(無謀な)フレーズを唱えながら過去の分析に没頭する。
さて本書は、日本列島で起きた地球環境の変遷を地球科学と歴史学によって解析した本である。現在、世界中で地球温暖化が議論されているが、地球の歴史を見ると現在はゆっくりと氷河時代という寒冷期に向かう途上にある(鎌田浩毅著『知っておきたい地球科学』岩波新書)。
地球化学を専門とする著者は、過去の気温を0.3度の誤差で解析し、古気候と古環境を精密に復元した。ホモ・サピエンス誕生から20万年ほど経つ我々が、地球環境に左右されつついかに生き延びてきたかを分かりやすく説く。
過去2万年間に日本列島に暮らす人類は、激しい寒冷期に社会の大変革を経験した。具体的には、平均気温が2度下がる期間が数10年も続く時期は、「極端な寒冷期」と呼ばれる。これは数100年から1500年に一度くらいしか出現しないのだが、このとき旧体制が崩壊し新しい社会が誕生する。
著者は環境を支配する因子として最も重要な日本列島の「温度」を精密に復元することで、日本の社会変革は寒冷期に起きたという仮説を本書で提出する。「過去2万年間に限ると、社会の最も大きな改変は(中略)大規模な寒冷期に重なっていた」(本書7ページ)。
寒冷化は常に新体制を生む原動力として機能してきたことが、多数の例で実証される。そもそも人類が世界各地へ拡散したのも、極端な寒冷期を何度も経験したからである。
実は寒冷化には、私の専門である火山活動も一役買っている。火山が大噴火した直後に地球の平均気温が低下するからだ。
たとえば、南太平洋のバヌアツにあるクワエ火山は、1452〜1453年に大規模な噴火を繰り返した。「この火山の大噴火の影響は1455年まで継続し、北半球では1453年と1454年は、地球的規模で夏の来ない年になってしまった」(212ページ)。大気中に撒き散らされた火山灰が太陽光を遮り、地球全体を冷やしたからだ。
不定期に起きる噴火が大規模な気温低下をもたらす事実は、温室効果ガスの二酸化炭素を減らして温暖化を食い止めようという政策に大きな転換を迫る可能性がある。というのは、20世紀後半から観測された平均気温の上昇が、噴火による急激な寒冷化で一気に逆転するかもしれないからだ。
事実、19世紀後半の数10年間が寒かったのは、1883年のインドネシア・クラカタウ火山や1886年のニュージーランド・タラウェラ火山など大噴火のせいではないかと考えられている。一方、20世紀はそれ以前の世紀と比べて噴火による気温低下がなかったため、温暖化が顕在化した可能性が高い(鎌田浩毅著『地球の歴史』中公新書)。
すなわち、脱炭素とカーボンニュートラル(温暖化ガス実質排出ゼロ)政策が、大噴火でひっくり返る「想定外」は否定できない。近未来の予測を正確に行うためにも、本書に書かれた知見はきわめて重要である。
現在、世界各国は大気中の二酸化炭素濃度を減らし温暖化を食い止めようとしているが、地球環境の変遷を「長尺の目」で見ると、温暖期が突如として寒冷期に転じた事例が多数あるというのは極めて重要な知見である。
よって、当面は温暖化政策を推進しつつも、地球の営みには揺らぎがあり東日本大震災のような思わぬ「想定外」が起きうることを、ぜひ本書から学んでいただきたい。地球環境の変遷とSDGs(持続可能な開発目標)に関する知識と関心がある人だけでなく、一般向けに書かれた啓発書としても大変わかりやすく噛み砕いて書かれている。地球科学を学び始める入門書としても多くの読者に薦めたい。