売れ続ける芸人、25人について、芸能記者・中西正男48歳が縦横無尽に書き尽くした。大阪を中心に活動する中西なので、ほとんどが大阪の、あるいは、大阪出身の芸人さんたちだ。そのリストを見れば、売れ続けて当然と思える人もいれば、なんでこんなのがと言いたくなる人もいる(<個人の感想です)。しかし、読んでみれば、売れ続けた理由がよくわかる。
ほんまもん
最終的にはこの言葉に尽きる。名の通った芸人さんたちであるから、なんらかの「芸」に秀でていることは間違いない。しかし、それだけで売れ続けることはできない。
規格外に打たれ強い、規格外に天然ボケ、規格外にねじ曲がっている。そして、規格外に面白い
なるほどそうなのか。こういった意味で「ほんまもん」であることが、売れ続けるために必要であると中西は言う。その言葉が強い説得力を持つのは、中西が「定住型農業」を推進する芸能記者であるからだ。
中西によると、芸能記者には「取材先との付き合いなどはせず情報をもとに、スクープという果実を取っては次に行く“焼き畑式農業”タイプ」と、「関係者との付き合いもしっかりしたうえで土地を耕し、肥沃にして作物を収穫する“定住型農業”タイプ」がある。中西は囲み取材でマイクを持って質問したことなどほとんどない、典型的な定住型農業タイプである。
このスタイルは中西が編み出した訳ではない。従来からの「芸能人に突撃する」というスタイルから、「芸能人との共生」という新基軸を生み出した井上公造によるものだ。中西は、スポーツ新聞の芸能記者を辞し、38歳でその井上の「弟子」となる。この本の最後、26人目として井上公造をとりあげているのもわかる。すでに引退した井上であるが、ある意味では、オリジナリティーあふれる取材スタイルを考え出した「芸人」と捉えることもできるからだ。
Episode 01の西川きよしからEpisode 25の市川義一まで、西川は「鋼の意志」、市川は「栁に雪折れなし」といったように、それぞれに短いキャプションがつけられている。ん?だれやその市川義一いうのは、とか思ったらんといてください。あんまり有名ちゃいますけど、「女と男」という漫才コンビで活躍する、ちょっと気の弱い努力家漫才師さんですねん。それはいいとして、以下にいくつかのキャプションを紹介してみたい。
タモリ 「人間の達人」
明石家さんま 「気遣い怪獣」
高田純次 「テキトーの中の真理」
千鳥 「規格外の可愛げ」
間寛平 「生き神様」
ゆりやんレトリィバァ 「突き抜けた狂気」
渡辺直美 「貫き通した長所」
桂南光 「軽妙洒脱」
もうお亡くなりになられたが、夫婦のどつき漫才で一世を風靡した正司敏江の「松竹芸能のタイガー・ジェット・シン」には、あまりに言い得ていて爆笑してしまった。スポーツ新聞でのタイトル付けの経験からだろう、中西のセンスが光る。
当然ながら、それぞれに個性的な芸人たちである。売れ続ける個別の理由はそれぞれに異なっている。しかし、いくつかにまとめることはできそうだ。ひとつは、性格の良さ。といってもさまざまだが、面倒見の良さというのは、多くの人に共通している資質である。これについては、売れ続けているから面倒見を良くしていけるという側面もあるだろうから、鶏と卵みたいなところがあるかもしれないが。
新たな才能を見いだす能力というのも大きい。考えてみればあたりまえのことかもしれない。売れ続けるためには、常に自分を変えていく必要がある。これは、自分の中にある新たな才能を見いだす能力でもあるはずだ。他人、特に若手の能力を見いだすことすらできなければ、売れ続けることなどできはしまい。キングコングの西野亮廣は、「笑っていいとも!」で共演していたタモリに勧められていなかったら、あの爆発的に売れた絵本を描くことがなかったらしい。タモリの慧眼には本当に驚きだ。
逆に、恩返しという考え方も大事である。自分が今あるのは、自分の力でだけやってきたからではないという意識。売れてもおごらない謙虚な姿勢を持ち続けること。もちろん、可愛げだって重要だ。こう考えてみると、芸人だけでなく、成功し続ける秘訣というのは、どの分野でも似たようなものであるような気がしてくる。
この本が最高に面白いのは、25人の芸人の個々について総論的に記述するのではなく、中西が懐に飛び込んで手に入れた逸話が事細かに紹介されているからだ。本人の言葉だけでなく、先にあげた西野のように、その芸人から影響を受けた芸人の言葉も紹介しながら、人物像を描き出している。なので、どれもが素晴らしくビビッドだ。
芸は人なり。 面白い芸人にならんでもいい。 エエ人になりなさい
桂米朝の言葉である。つきつめれば、芸能とは人が人を選ぶ仕事ということに帰着する。「しっかり腕はあるが、人間性はよくない」芸人と「腕はそれほどでもないが、人間性がいい」芸人とどちらが売れるかの二択には即答できると中西はいう。後者であると。何より求められるのは“人柄”であるから
いい人が最強
これが、芸人に限らず、中西がこの本でいちばん伝えたかったメッセージではなかったか。
それぞれのエピソードは、たとえば高田純次のところなら「あんな75歳を目指してみたい48歳」、といった中西正男・48歳のコメントで締めくくられている。それにならってこのレビューも終えたい。
「いい人」道を自らも追い求めて、芸人に愛される持続可能な芸能記者としてもっともっと活躍してほしい。仲野徹、勝手な願いを書いてプレッシャーを与える65歳。おもろくて、意外なことに(?)示唆に富んだ本に感謝である。
上の本でも少し紹介されているけれど、野沢直子の父-今は亡き声優・野沢那智の兄-は、とんでもない人だった。これまでに読んだ中でいちばん笑ったトップ5に入る本。絶版ですがKindleで読めます。むかし、HONZでレビューしました。