地球の歴史に人間が痕跡を残したかどうかが、最近話題になっている。「人新世」(じんしんせい)はそれを論じるキーワードだが、もとは地球史に関する専門用語である。確かに地球46億年の歴史上、人類の活動は大きな痕跡を残しつつある。
コンクリートや金属など人工物の総重量は、全生物の総重量を上回ったという試算がある。20世紀初頭、人工物の総重量は生物総重量の3%に過ぎなかったが、2040年代には現在の2倍になると予測されている。
こうした状況を踏まえて、人間活動が大きな影響を与えた時代を人新世と命名しようという議論が、国際地質科学連合(International Union of Geological Sciences)で行われている。
本書は人新世の影響を生態学の観点から解析し、世界規模で持続可能な社会を維持するにはニュー・エコロジー(新しい生態学)が必要だと説く。ちなみに人新世という新語を、ベストセラー『人新世の「資本論」』 (斎藤幸平著、集英社新書)で知った読者も多いだろう。
さて、著者は群集生態学を専門とするイエール大学教授で、1940年代にアルド・レオポルド教授が提唱した概念を現代の文脈で分かりやすく解説する。すなわち、人間と自然を一体として捉え、社会経済のレジリエンス(強靱化)を高め、人類が「思慮深い管財人」として自然と向き合わなければならないと説く。
言わば自然科学と社会科学の学際的融合だが、実はエコロジーとエコノミーはギリシャ語の同じ語源に由来する。すなわちエコロジーはオイコス(家)とロゴス(科学)からなり、エコノミーは同じオイコスとノモス(管理)でできた言葉なのだ。
その後、学問が分化するに従ってエコロジーの対象は自然界に、またエコノミーは人間社会を扱うようになったが、著者はニュー・エコロジーによって再び統合されていく姿を描く。
ここで人新世への着目がなぜ重要かを、私が専門とする地球科学の文脈で少し解説してみよう。地球の歴史を区分する「地質時代」の中で、地質年代は化石など地層や氷床に刻まれた痕跡によって定められ、三葉虫が登場した古生代カンブリア紀、恐竜が繁栄した中生代ジュラ紀や白亜紀などに区分される。そして現在は258万年前に始まった新生代第四紀にある(鎌田浩毅著『地球の歴史』(中公新書)。
さらに第四紀の中で現在は、最終の氷河期が終わった1万1700年前から続く「完新世」に含まれている。この完新世の中でも、産業革命以後の約200年間に人類がもたらした影響があまりに大きい。
具体的には、世界の人口は19世紀末の4倍を超えて約80億人に達し、森林伐採による動植物の絶滅や、プラスチック、コンクリートの残存といった形で地球環境に大きな影響を及ぼしてきた。
こうした事実を踏まえて人新世の開始時期が議論されてきた。約8000年前の農耕開始、産業革命が起きた18世紀とする意見もあるが、第二次世界大戦後に核実験が本格化した1950年前後というのが有力である。
実は、人新世を認定するには、地層の中で人新世の境界線をはっきりと定義できる科学的な証拠を積み上げる必要がある。ところが、それは思ったより容易ではない(鎌田浩毅著『知っておきたい地球科学—ビッグバンから大地変動まで』(岩波新書)。
もし、国際地質科学連合が人新世を認めれば環境破壊への警鐘につながることは確かだが、現在では4段階審査の最初の議論にとどまっている。その一方で、決定が先に延びるほど人新世への突入を示す証拠が増える可能性もあるが、人類にとってゴミに埋もれる未来を意味するのである。
現代文明は大量のプラスチックゴミや核実験による放射性物質など、既に地球表面に半永久的な痕跡を残した可能性がある。しかし、人類の影響だけで地球は新たな地質年代「人新世」に突入したと判断してよいのかどうかについては、まだ決着が付いていないというのが現状だ。
確かに人新世の科学は、最先端の研究課題であることは間違いない。「持続可能な未来を考えるためには、私たちが自然という壮大な経済を支えている有限サイズの惑星に住んでいるということを根本的に理解する必要がある」(本書iiページ)と著者は力説する。本書は我々がこの地球とどう関わるべきかを考える際に、必須の事実と考え方を提示する現代人必読の良書と言っても過言ではないだろう。