「中国は日本の隣にある現実の並行世界、つまりリアルなパラレルワールドだ」・・・これが本書に通底する重要なメッセージです。
中国の法体系は、日本を含む西側諸国のそれとは成り立ちからして全く異なります。憲法を始めとする法律はもちろんのこと、そこには独特な行政法規や商慣行が存在し、しかもその運用を含めて、日々目まぐるしく変化しています。
既にGDPで日本の3倍以上の規模にまで成長し、2030年にはアメリカを追い越して世界最大の経済大国になると予想される中国でビジネスを成功させるには、まずはこうした中国のビジネス法の全貌を熟知することが必要不可欠です。
中でも最も難しいのが、撤退の際に必要な法律の知識や行政当局との折衝です。特に、台湾問題を巡って日中間の緊張が高まる中で、中国とどのような形で付き合い続けるのか、或いは続けないのかを悩んでいる企業も多いと思います。こうした悩みに応えるべく、中国と競争しながらもどう協調していくのかを、中国の歴史や文化から最新事情も盛り込んで解説しているのが本書です。
中国という「リアルなパラレルワールド」の法律制度は、法律の文面だけを見ていても理解できません。そこで、「法律を理解するためには、政治、経済、文化など国の仕組み自体を理解しなければならない」という「ハイブリッド法務」を唱えるのが、著者の射手矢好雄弁護士です。本書は、京都大学とハーバードロースクールを卒業し、日米の弁護士資格を持ち、中国法を始めとする世界のビジネスローの専門家であり、一橋大学法科大学院特任教授や日本交渉学会会長も務める著者の弁護士人生の集大成とも言えます。
実は私自身も著者と一緒にアメリカで法律を学んだ経験があり、その時に、アメリカの法律を理解するためには、まずアメリカという国や社会の成り立ちや固有の文化について知らなければならないと強く感じました。そうでなければ、そもそもなぜこうした法律があるのかという大前提が理解できないからです。
ですから、本書が弁護士が書いた法律の本とだけ受け取られてしまうとしたら、大変もったいないことです。法律という視点からだけでなく、中国ビジネスに関わる人には必ずこの第一部(総論)は読んでもらいたいと思います。正にここが「中国」という国の本質を的確に言い表しているからです。
そこで指摘されている中国の仕組みを簡単にまとめると、①中国共産党が中国における最上位概念であり共産党が全てを指導する、②法律は政府が社会を管理する手段に過ぎない、③中国にとって外資は利用するものだから決して規制はなくならない(自由にはさせてもらえない)、ということです。
中国の憲法1条2項には、「中国共産党による指導は、中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴である」と書いてあります。中国における「法治」とは「Rule by Law」のことであり、私たち日本人に馴染みのある「Rule of Law」とは全く別のものです。つまり、中国では、法律というのは統治階級の意思の反映であると同時に管理の手段あり、政治が法律に直接的に関与することから、そこには三権分立もなければ違憲立法審査権もありません。
また、中国では個人の人権保障より国家の安全が優先されます。国家の安全があって初めて社会の安全が保たれ、社会の安全があって初めて個人の安全が保たれるという考え方からで、少なくとも表面上は、多くの戦争や内乱を経てきた中国国民の大多数が、こうした統治の形を納得して受け入れているように見えます。
そして、これら全てが目指す大きな目的が、つい先日、中国共産党総書記として異例の三期目をスタートした習近平が言うところの「中華民族の偉大な復興」だというのです。そのための手段が一帯一路であり、大国外交、共同富裕なのです。
大き過ぎてなかなか全貌が掴めない「中国」という国の本質を、分かりやすい図表と共にまとめている本書は、第一部(総論)だけをビジネス書として独立させても十分に一冊の本として成立する、とても読み応えのある良書です。