ショパンコンクールとはショパンの故郷のポーランドで5年に1度開催される、世界三大ピアノコンクールのうちの1つだ。16歳以上30歳以下のピアニスト達が世界中から集まり、予備選を含めファイナルまで計5回のステージで審査される。
1次予選からファイナルラウンドまでの日程は3週間弱。演奏はYouTubeにて配信されるため、世界中の観客が生の感動をチャットで綴る。粛々と開催されてはいたが、オンラインを通じて世界中のクラッシックファンが熱狂した日々であった。
日本から出場した反田恭平はショパンコンクールで2位に輝いた。本書『終止符のない人生』とは、終わりなきピアニスト人生を邁進する反田氏の半生と、彼のクラッシック業界にかける情熱が綴られた一冊だ。反田氏は日本で最もチケットが取れないピアニストとして名高い。反骨精神も旺盛で、ピアノだけには留まらず自らオーケストラを結成し、その中で指揮者としてタクトも振る。古い慣習が残るクラシック業界に風穴をあけるべく、粉骨砕身の活動を続けている。
コンテストが終わっても彼のピアニスト人生は終わらない。たとえばオリンピックは現役最高峰のアスリート達の集大成だが、ショパンコンクールの入賞者はピアニストとしてキャリアのスタート地点なのである。そもそもピアニストは寿命が長く、マリア・マルタ・アルゲリッチをはじめ80歳台のピアニストも多数活躍している。そのためショパンコンクールは反田氏を含めて、若きピアニスト達が今後どのように成長していくかを見届ける楽しみもある。
反田氏の生き方は爽快だ。ピアノになんの縁もない家庭に生まれ、ゼロからスタート。音楽高校に行きたいと両親に伝えた時は、父親に猛反対され「コンクールで1位を取ったら音楽高校に行ってもいい」と条件を出された。その後、とあるコンクールで金賞を取ったが、父からは「金賞は1位じゃない!」と無下に却下される。負けずと他3つのコンクールに挑戦し、全てにおいて1位を取り、ドラマ「半沢直樹」の大和田常務ばりの土下座をして、やっと音楽高校への入学を認めてもらったそうだ。
留学したモスクワ国立音楽院では1000人は収容できるマンモス寮で過ごした。部屋は2~3人で相部屋。手を伸ばせば両手ごとぶつかる環境だった。マイナス15度でまぶたは凍り、目が開かなくなる。マイナス20ではポカポカ気持ちよくなり、急激に眠くなる。マイナス30度ではヒートテックの「超極暖」を3枚重ね着しても寒く、命の危険を感じたそうだ。さらに当初は語学の壁もあり差別を受けていたが、1年後のロシア語試験では歴代最高点を叩き出し、さらに実技試験でもトップ。涙を流しながら聴いていた先生達は「君のためならいくらでもやるよ」と声をかけてくれ、その日を境に先生達の態度はがらりと変わっていった。
そして本書は単に読むだけでなく、音楽と連動しても楽しめる。たとえば第三章の「人生を変えたショパンコンクール」では、その時に演奏した「Chopin Competition 2021 Kyohei Sorita」を再生しながら本書を手にとるのだ。第3ラウンドでは、反田氏は出だしの場面で指がなかなかピアノに触らないが、それは前日からの「ここで失敗すれば、今まで積み上げてきたものが全て崩れる」という感情が如実に表れている。本書で描かれている心情を理解しながら動画を見ると、より深く演奏を聴くことができる。
実は本書が発売された時、読みたいと思う反面、読むのが重いという感情が入り混じっていた。反田恭平はエネルギーの塊であり、どんな困難にもめげず結果を出す人間だ。読了後、彼と自分とのエネルギー量の差に愕然とし、気が重くなるのではないかと懸念したのだ。しかし最終章「おわりに」を読んで安堵した。彼もまた自分と同じ種類の悩みを持ち、日々苦しみ模索しながら生きている。
ピアニストは他のアーティストと違う。例えば画家は自分の思いをキャンバスを通じて表現する。ピアニストは作曲家が表現したかった意図を、ピアノを通じ表現するのであって、画家のような自己表現をしない。しかも200~300年前に逝去した作曲家と会話することは現実的に不可能なため、ピアニストは決して答えが出ない作曲家との対話を永遠と続けていく。
ピアニストと作曲家の対話は、私達の人生そのものだ。正解の生き方なんて永遠の謎である。日々人生を模索し、チューニングし、悩み苦しみながら、決して答えが出ない道を死ぬまで歩く。反田氏もまた同じ質の悩みを抱え、人生と音楽を模索し生きるのである。