我々は連日のニュースの多くを娯楽として消費している。事件・事故・災害に憂い悲しみ、スポーツ選手の活躍に喜び、可愛らしい動物の映像に癒やされ、職場や飲み会、SNSにて好き勝手に意見感想を述べる。そして時が経つにつれてあっさり忘れられ、次の話題に移っていく。
しかし、当然ながらどのようなニュースにも当事者がおり、彼らの人生もまた同じように続いている。
あれから、あの人はどうなったのだろう。
そうした着眼から始まったのが、読売新聞朝刊の連載人物企画「あれから」である。2020年2月から月一回のペースで載り、現在も続いている。本書は、今年2022年3月までに取り上げられた「時の人」22人のその後をつまびらかにしたノンフィクションだ。巻末に取材を担当した記者たちのプロフィールが載っているが、ほとんどが20~40代の若手である。中には自分が生まれる前のニュースを追う記者もおり、ちょっと驚かされる。
連載初回を飾ったのは、2010年の夏、埼玉県両神山で遭難した多田純一さん(当時30歳)。下山中に傾斜に足を取られ滑落、大怪我を負いながら飴玉7個で13日間を生き抜いた男性である。朦朧とする意識、繰り返される悪夢、負傷した足に群がるウジ虫、腐乱臭。登山届を出しそびれ、正規ルートでない山道を通っていたから、救助は望めない。
明日は目覚めないかもしれない。それでもなかなか死なず、また朝がやってくる。もう自分で死んだほうが楽かな――。長い絶望と孤独の時間を過ごした先、臭いに群がってきたカラスの鳴き声に導かれて、ついに救助隊が多田さんを発見した。こうした、当事者でしか語り得ない劇的な状況に、短いながら濃厚な文章となっている。
記憶に新しい人物もいる。2014年、「耳が聞こえない作曲家」佐村河内守氏のゴーストライターであることを認め、謝罪会見を開いたのは、作曲家の新垣隆さん(当時43歳)。頼み事を断るのがとにかく苦手な性格と、心に秘める創作意欲が災いし、ずるずると曲を提供し続けてきた。多くの人が聴いてくれたのは嬉しかったが、それは佐村河内氏のストーリーあってのもので、どう受け止めていいかわからなかった。だが、週刊誌から取材が来たことで、すべてを公にする覚悟を決める。
騒動後、大学の非常勤講師の職を辞め、電車にも乗れなくなった。もう音楽には関わることはできないだろう――。ところが、仕事はどんどん舞い込んできた。バラエティ番組に出たり、セーラー服姿で映画のPRをしたり。やがて音楽の実力にも注目が集まり、一年も経つと本業の依頼も増加した。頼まれたら断れないし断らない性分から、どんな仕事も全力でやる……。新垣さんの人柄が十二分に伝わってくる「その後」である。
好転する人生ばかりではない。2015年9月16日、埼玉県熊谷市に住む加藤祐希さん(当時42歳)は、仕事を終えて帰宅途中だった。ところが、自宅の周囲一帯に立ち入り禁止テープが貼られている。妻に連絡を入れるが、つながらない。警察署で、妻の美和子さん、長女の実咲さん、次女の春花さんが刃物で切りつけられ、亡くなったと知らされた。この日から、加藤さんの心は止まってしまった。
犯人はペルー国籍の男で、警察署から逃亡中に民家3軒に押し入り、男女6人を殺害、金銭を奪った。その3軒目が加藤さんの家だった。もしあのとき家にいたら、助けられたかもしれない。たとえ全員殺されたとしても、一人残されるよりは良かった。生きていくことのほうがどれだけ残酷か――。3人の死とどう向き合えばいいか自問しながら、今も加藤さんは家族みんなで暮らした家に住み続けている。
加藤さんが実名で取材を受けたのはこれが初だという。複雑な胸中をまさしく真摯に受け止めた、壮絶な記事だ。
本書のさらなる特徴として、22人の主人公たちだけでなく、脇役――周囲の関係者や現場に居合わせた人々――にも綿密な取材が行われている点は見過ごせない。
本稿で紹介したところでいうと、両神山で遭難した多田さんのケースでは、懸命に捜索する山岳救助隊の視点も描かれている。ゴーストライター新垣さんの記事では、音楽教室の講師や作曲家が新垣さんの非凡な才能を語っている。
また、加藤さんの場合は、恐慌状態だった加藤さんを支えてきた僧侶や、加藤さんが唯一心を開けた相手、山口県光市母子殺害事件の被害者遺族である本村洋さんが言葉を寄せている。彼らの存在に裏打ちされ、主人公たちの人生がより身近でより深く、克明に脳裏に刻まれる。人気連載となったのも頷ける迫力だ。
主人公の人選も多種多様で目を引く。テレビドラマ『3年B組金八先生』で「腐ったミカン」と呼ばれた不良「加藤優」を演じた少年。1992年夏、甲子園2回戦にて星陵の松井秀喜を5打席連続で敬遠し辛勝した明徳義塾の投手。2007年、熊本市の慈恵病院の赤ちゃんポストに預けられ、今年大学生となった青年……。断言するが、本書に収められた人生で、感慨を呼び起こされないものは一つもない。その重みに合わせて、文章も簡潔かつ洗練されており、引き込まれる。
日々の報道について、あれこれ論評してしまうのは人の性であるし、そもそも人間は物語が大好きなので、否定しても仕方がない。しかし、本書で示されたとおり、どんな報道の向こうにも知られざる営為がある。我々は当事者たちへの敬意を忘れず、常に心に留め置くべきだろう。人生を豊かにするヒントに満ちた、抜群の読み応えを持つ良書である。