『ベンチャーキャピタル全史』「スタートアップ創出元年」をかけ声倒れにしないために

2022年10月2日 印刷向け表示
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作者: トム・ニコラス、翻訳:鈴木 立哉
出版社: 新潮社
発売日: 2022/9/22
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新型コロナの流行で多くの日本人がファイザーかモデルナのワクチンを接種したと思う。老舗のファイザーに比べて、モデルナは2010年にマサチューセッツ州ケンブリッジで創業されたばかりの新興企業である。これをファイナンス面のみならず開発面からもバックアップしたのが、同じケンブリッジのフラッグシップ・パイオニアリングというベンチャーキャピタルだということは、意外に知られていない。

 ケンブリッジはハーバードやMITなどが集まる大学街であり、数多くの創薬ベンチャーやベンチャーキャピタルが集積する、東のシリコンバレーとも呼ばれる街である。このアメリカ東部はニューイングランド地方と呼ばれ、1620年にイギリスからの入植が始まったアメリカ合衆国発祥の地である。

ここでは19世紀に捕鯨が一大産業として栄えた。資金を提供する富豪、捕鯨船の船長や乗組員、その両者をつなぐ捕鯨業者の関係は、今日のベンチャーキャピタリストが、年金基金などの投資家と起業家とを仲介する関係と同じである。

15-17世紀の大航海時代、貿易や植民地経営のために株式会社の共同出資の仕組みが考案された。1600年に設立されたイギリス東インド会社がその代表例だが、そこに捕鯨業者のような資金の仲立者が介在したのがアメリカの特徴である。

移民の国アメリカでは、果敢にリスクを取りに行こうとする、経済学者のケインズが言うところのアニマルスピリッツが当初から存在した。社会学者のウェーバーは、アメリカに移植された資本主義の姿を、利潤の追求を自己目的化してスポーツの性格を帯びたものと揶揄したが、本書の原題VC: An American Historyからも分かるように、ベンチャーキャピタルという存在は、アメリカの歴史そのものである。そして、アメリカでGAFAが生まれ、ジョブズやベゾスなどビジネスの変革者たちが次々と生まれてきたのも決して偶然ではない。

著者は、「アメリカのベンチャーキャピタル業界は、独特の文化的背景と規制環境の中から生まれたものであり、それを他の地域で模倣しようとしてもたいていは失敗する」と言う。岸田内閣の「新しい資本主義」は、今年を「スタートアップ創出元年」とするが、スタートアップと両輪となって社会に創造的破壊をもたらす、真の意味でのベンチャーキャピタルを日本に根付かせるのは容易ではないと心得ておくべきだろう。

※週刊新潮2022年9月29日号

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作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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