宇宙空間に浮かぶ地球を研究対象とする自然科学の一分野に「地球科学」がある。日本では高校の科目名や大学の学科名として、「地学」という呼び名が一般的に用いられてきた。ちなみに、高校の地学は、物理・化学・生物という理科3教科と比べるとマイナーな扱いだ。
理系科目としては地味だが、大学入学共通テストでは結構人気がある。すなわち、理科が苦手な生徒が選択する科目としては不可欠の存在なのだ。
実際、受験者の文理比率が「文系9割、理系1割」と聞けば、別名「文系理科」とも呼ばれるのも納得するところではないか。文系人に最も愛されている理系科目が地学である、と言っても過言ではない。
実際に地学は、地球や宇宙、海洋、気象、地震や火山の災害など、身近な題材には事欠かない。我々の生活基盤の秘密にも迫ることから、老若男女を問わず興味の対象になりやすい学問でもある。昨今、世界各地で噴火や地震の報道が絶えないが、みな地球内部で起きている現象である。
200年以上にわたる研究によって、地球の中身は卵の構造を持っていることが分かってきた。すなわち、地表は「地殻」という卵のカラと同じ硬い岩で覆われ、その下に白身にあたる「マントル」がある。さらに中心には黄身に当たる「核」があり、それら全ての動きが地球上の現象を司る。
本書『地球の中身』は主に白身の黄身に関する最先端の研究成果を解説した啓発書で、著者は日本学士院賞を受賞した世界的な地球科学者だ。世界で初めてマントル最下部の主要鉱物(ポストペロフスカイト)を実験室でつくりだした快挙は教科書にも載っている。
実は評者の後輩でもあり、一般向けの講演会で同席することもあるが、頭の中身が極めてクリアで誰が聴いても納得する。優れた研究者は話しても書いても分かりやすいという手本である。
地球の中身は、物理・化学・生物学・数学を総動員して初めて理解できる。具体的には、地震や噴火の観測、理論的な考察、そして地球内部にある高温・高圧の条件を再現した実験を組み合わせ、やっと描像がつかめるのだ。
続いて「過去は未来を解く鍵」という地球科学特有のキーフレーズに基づき、46億年にわたる地球の歴史を繙いてゆく。地上に高く聳える山脈から深さ6400キロメートルの中心部まで、「長尺の目」を駆使しながら地球の中身の全貌を解き明かす。
こうしたコンセプトに従い本書は、第1部現在―地球は何でできているのか?どんな活動をしているのか?と、第2部過去―「生命の惑星」はどうやってできたのか? どのように進化してきたのか?という二部構成からなる。各章は「地殻」「マントル」「核」の物質科学と、地球の誕生と進化の長大な歴史が、多くのビジュアルな図版を使って分かりやすく説明される。
さらに著者が経験した研究エピソードが随所に挟まれ、初めて学ぶ読者も飽きさせない。「この発見にかかわった研究者はすべて日本人です(中略)高圧実験をお家芸とする日本の面目躍如といったところでした」(88ページ)。評者もうれしく思う記述である。
そして現代の地球科学は、生命科学に連結する。最終章「謎―地球はどうして生命を宿すことができたのか」は、地球科学最大のテーマと言っても過言ではない。すなわち、「地球の中身を調べることは(中略)生命を育むような環境がどうやって整ったのかを理解するのに不可欠なのです」(278ページ)。
ちなみに、高校で地学は何と日本人の1割以下しか学んでいない。2011年に発生した東日本大震災の後、地学の必要性が改めて認識されるようになった。防災・減災の視点からも「地学をもっと身近な教科に」と、地学教育の普及が求められている。
初等中等教育の現場においても、地学分野の知識習得が重要な課題の一つとなっている。しかしながら、学校では地学に苦手意識をもつ理科教員は少なくない。
たとえば、小学校で学級担任として理科を教える教員の65%が、地学を苦手と感じている(科学技術振興機構理科教育支援センターが行った調査,2008年)。また、中学校の理科教員では、地学指導への苦手意識は45%と、物理・生物・化学と比べて高い数字となっている。
こうした現実を解消するために、「よくわかる」地学の書籍がいま必要とされている。本書と同じブルーバックスの拙著『地学ノススメ』で補完しつつ、地球の中身から地球環境の全容を知っていただきたい。地震と噴火が絶えない「大地変動の時代」を賢く生き延びるために必須の自然科学「教養」として、地学の初心者にもぜひ推薦したい。