タイトルを見ただけで楽しくなっちゃうし(うんうん、そりゃあ昆虫学者は挙動不審にもなるよねw)、装丁に描かれた昆虫たちがまた、妙におかしい!(人間もかなりおかしいけどね!!)
著者のコマツ博士は、信州のとある大学(←と、本文に書いてあるw)で博士号を取得後、いくつかの施設で昆虫研究者として働き、最後は某(上野の)国立科学博物館で研究員(無給)として働いたのち、現在はフリーランスの昆虫学者として、家事育児を担いながら記事や論文を執筆しつつ、昆虫と触れ合うために精力的にフィールドワークを続けているという、骨の髄まで「昆虫ラブ」な昆虫マニアでいらっしゃいます。
本書に登場する昆虫たちは、繊細で美しく(←わたしの主観ですw)、ときにホラー(第一章に出てくるスズメバチネジレバネのメス。まじホラーだから、ここだけでも読んでみて!)。次々と登場する魅力的な虫たちの生態バナシだけでも引き込まれるし、コマツ博士の語りが軽妙なので、壮絶なフィールドワークの話もへらへら笑いながら読めてしまいます。
実際、わたしは終始へらへら笑いながら本書を読んだのですが、その一方で、意外にも、わたしの頭と心にグサグサとささってくる本でもあったのです。『怪虫ざんまい』は、「へらへら」と「グサグサ」が共存する、薄くて軽いのに「重い」本なのでありました。
たしかE・O・ウィルソンだったと思うのですが(ウィルソンは社会性昆虫学者で、より詳しくはアリの専門家。『知の挑戦』の著者)、こんなことを書いていました。「地球の生態系にとって、人間が消滅しても痛くも痒くもないが、昆虫がいなくなったら生態系は死ぬ」
そうだとすれば、環境汚染・環境破壊が深刻な事態に陥っている現在、昆虫の話が面白おかしいだけですむはずもないのです。昆虫を愛し、昆虫を求め、日々昆虫のことを思って今を生きているコマツ博士の話は、ヘビーにならざるをえない面があるのです。
今見ておかなければ、明日にも地球上から姿を消してしまっているかもしれない…そんな虫たちのリストがコマツ博士の頭にはあります。それなのに、コロナ禍のせいで昆虫学者は遠出ができない! 医療体制の脆弱な島に出かけて行って、コロナウィルスを持ち込んでしまったら? 自分の信条としてそれはできない、とコマツ博士は言います。
つまり本書は、環境破壊とコロナ禍という二重のわざわいが降りかかるなか、自転車をこいで(コマツ博士は車を持っていない!何時間でも自転車をこぐ!)、昆虫たちに会いに行こうとする昆虫学者の戦いの話なのです。
昆虫なんて、この世界の中の小さな一部と思っていませんか? いえいえ、そうではありません。昆虫はわれわれの世界にとって大きな存在、昆虫たちに目を向ければ、その向こうに世界が見えてくるんです。本書はわたしにとって、そんなことを教えてくれる本でした。
余談めきますが、コマツ博士はこの本の中で、かなりの熱量とページ数を割いて「鹿」について論じてらっしゃいます。え? 昆虫じゃなくて、鹿? と思われるかもしれませんが、実は、今日シカは、農業にとってのみならず、昆虫学者にとっても脅威なのですね。コマツ博士は、信州での大学時代からシカを敵とみなしていました。
ところが、某タレント(本書には名前は伏せられていますが、ググればすぐにわかります)が、たまたま報道で見たシカ駆除問題に関して、「シカさん、かわいそう!」的なツイートをしたもんで、シカさんを助けろ!的なバズリ方になってしまったみたいなんです。
コマツ博士は、その一頭のシカの背景には、害獣として駆除されているシカが何十万頭もいることなどを挙げて、「たまたまニュースで知った一頭のシカさん」を助けて、みたいな浅薄なツイートに怒りを爆発させるのですが、しかし、話はその路線に閉じないのです。
コマツ博士はおつれあいさんのコメントを契機に、「たしかに、一方的な見方をしてしまいがちなのは、昆虫学者のおれも一緒かも…。それに、そのタレントの発言を契機に、シカ問題について考えた人だっていっぱいいたかも」というふうに(この通りの文言ではありませんが)、おのれの視座を相対化するのです。
このシカ問題は、わたしにとっても他人ごとじゃない部分もあるし、より大きな問題にもつながるテーマなので、けっこう没入して読んでしまいました。
シカ以外にも、「むむ….」と考えさせられる主題がいろいろと扱われています。この読書を契機に、これからも考え続けていきたいと思います。
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こんな魅力的な昆虫学者の「生き物がかり」が見逃すはずがない。塩田春香のレビュー
HONZ初代編集長、土屋敦が渾身の記事を書いた昆虫学者オールスターズのこの本もぜひ。レビューはこちら。