広大な宇宙で生命は地球だけに存在するか否かは、古来より人の大きな関心事だった。一九世紀英国の作家ウェルズはSF小説『宇宙戦争』にタコのような火星人を登場させ、地球外生命の一般的なイメージとなった。そして20世紀に入って宇宙飛行が実現すると、地球外へ積極的に生命を探索する研究が始まった。
地球外生命の探求は、生命はどのように誕生したかという生命起源をめぐる根本問題と直結する。本書は分析化学を専門とする著者が、地球外生命に関する研究成果をアストロバイオロジー(宇宙生物学)の観点から分かりやすく解説したきわめて優れた啓発書である。
では本書の中身について見ていこう。「はじめに」と第1章「地球外生命観」に続く第2章「生命の誕生は必然か偶然か」では、最初の生命が誕生した仕組みを検討する。第3章「知的生命への進化」では、その生命が進化しながら環境激変を生き延びた過程を鮮やかに描く。
近年、太陽系の惑星探査が劇的に進展したが、第4章「火星生命探査」、第5章「ウォーターワールドの生命」、第6章「タイタン」では、現場のエピソードを活き活きと紹介する。予備知識を持たない読者にも理解できるような工夫が随所にされており、地球外生命を追いかけながら生物学の基本が身につくようになっている。
さて、地球外生命は太陽系のみならず宇宙空間まで探査領域が広がってきた。第7章「太陽系を超えて」と第8章「生物の惑星間移動と惑星保護」では、電波や光を用いた太陽系外の生命を探る研究が熱く語られる。
地球外知性体(ETI)との情報交信やパンスペルミア説と呼ばれる生命の宇宙起源説など、手に汗を握るストーリーだ。
ちなみに、評者が専門とする地球科学を一言で表すと「我々はどこから来て、我々は何者で、我々はどこへ行くのか」に回答を与えることとなる。
これは19世紀フランス印象派の画家ゴーギャンが描いた絵画のタイトルだが、最初の問いに従って地球外生命を探求した後は、その成果から人類の未来をどう予測するか、という3番目の問いが生まれる。
これをテーマとする最終章の第9章「地球外生命から考える人類のルーツと未来」で著者は、ETIと交信するには人類がまず生き延びなければならないと説く。
周知のように我々は地球温暖化問題を抱えているが、地球史を繙くと火山の破局噴火や隕石衝突などの環境激変をくぐり抜けて生命が見事に生き延びたこともよくわかる(鎌田浩毅『地球の歴史』中公新書を参照)。
ここで、本書に書かれた地球外生命に関する知見からさらに飛躍し、何億年も後の地球で生命がどうなるかを予測してみよう。宇宙のなかの地球としての未来予測である。遠い将来には地球上の水がすべて蒸発し、やがて火星のようになる可能性がある。
いま観測されている火星の表層は赤茶けており、激しい暴風と極端な気温差にさらされている。しかも現在は液体の水が存在しない火星にも、過去には大量の水があったと考えられている。
今から41億年ほど前に火星で行われていたプレート運動により、表面にあった海水がマントルの深部に移動した。その結果、内部が冷却されてプレート運動が停止した。そして大量の水は現在でも火星の内部に閉じこめられたままになっている。
地球の未来を考えると、10億年ほど後には火星と同じように地表の水が消滅すると考えられる。不毛の地になった地球上では生命は存続できない。生命の誕生と進化にとって水は不可能だった。さらに生物の爆発的な繁殖は海水の大規模な移動が契機となった可能性が高いのだ。
たとえば、7億5000万年ほど前の地球表層にあった海水が、マントル層へ逆流を始めた。これによって大量の水が地球内部に蓄えられることになり、その後の岩石の流動を促した。さらに、この時期に生物が爆発的に進化を遂げた。
現在の地表にある海水は、沈み込むプレートとともにマントル内部に運びこまれている。その量はマントルから出て地殻を通って海洋と大気中に供給されせる量より5倍ほども多い。
事実、数10億年前のまだ地球が高温であった時代には、マントルから地表へ運ばれる水がマントルに吸収される水の量をうわまっていた。ところが現在では海から地球深部に戻る水のほうが多く、大循環によって地表の水は徐々に地球内部へ吸い取られていくのである。
そしてこのまま進行すると、今から10億年ほど後には、地表から水が完全に消えるという試算がある。すなわち火星の表面のように海がなくなる前に、我々は宇宙へ移住を開始しなければならないのである(鎌田浩毅『地学のツボ』ちくまプリマー新書)
さて、46億年に及ぶ地球史の中で、生命は実に38億年もの間を永らえてきた。その末尾で、人類は30万年ほど絶滅せずに継続してきた。こうした視座「長尺の目」は現在のSDGs(持続可能な開発目標)を考える際にも大いに参考になろう。
スマホの画面から目を離し、夜空を見ながら「地球外生命」に出逢う瞬間に思いを巡らせていただきたい。