顰蹙を買うのを恐れずに言えば、生死の境で闘う人の闘病記が好きだ。
花村萬月さんが厄介な病気に罹っていると知ったのは三年ほど前のことか。本書は花村さんの〈骨髄異形成症候群〉の発症から現在までを克明に綴った記録である。『くすぶり型白血病』、『前白血病状態』と称され放置すれば数年後には白血病になり間違いなく死ぬと宣告を受ける。
彼の小説には両親との軋轢や不良時代の合法・非合法合わせた薬物依存、暴力的行為など放埓に生きてきた体験が散りばめられていた。
だが50代半ばで若い妻を娶り二人の娘を儲けてから一変する。彼女たちのために生きなければならない。
さらに60を過ぎたころから小説に対する執着が起こる。医師の治療方針である骨髄移植を「仕事を続けたい」と願う作家は受け入れた。
ドナーから健康な骨髄をいただき、おのれの役に立たない骨髄と入れ替える。年齢的にもギリギリの選択だ。
この闘病記は本名である“吉川一郎”が受けた治療過程と闘病中の苦悶を、小説家“花村萬月”が味わい尽くし表現したものだ。骨髄移植自体も半端な苦しみではないが、その後の副反応やGVHDと言われるドナー由来のリンパ球が正常な臓器を異物とみなし攻撃する症状は凄絶だ。自身が受けた極限的な苦痛を、この作家特有の偏執的とも思われる薬学的理論で裏付け、緻密に分析していく。
かつてこんなに「痛い」闘病記があったろうか。医師も想像がつかないという膀胱炎、前立腺炎、尿道炎の同時発症。四箇所も骨折した脊椎。その痛みを執拗に描写した文章は、実際は痛くない読者でも悶絶しそうだ。
だが執筆欲は旺盛でこの状態から凄まじい量の小説が生み出されていく。そのなかのサイキックな作品の取材相手との軋轢が彼の症状に影響していく過程も読みどころである。
著者は最後に「フィクションだ」と言い放つが、「実録・花村萬月骨髄移植譚」に間違いない。(週刊新潮6/2 号)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
痛みに耐えつつ書き上げたのがこの小説。取材対象者に生霊のごとく憑りつかれたのは本当の出来事なのか?二段組375ページ。いま読んでます。