「え? なに、この本屋さん、もしかして……なんか、すっごくおもしろくない!?」
スーパーの広告にアイスの特売が告知されていた。それだけの理由で降り立った、京王井の頭線浜田山駅。ふと見ると、駅前に本屋さんがある。吸い寄せられるように店内へ。一見、ふつうの本屋さん。でも棚を眺めているうちに、冒頭のような興奮がわき上がってきたのです。
90年代半ばくらいまでは、駅前や商店街には必ずといっていいほど、個人経営の「町の本屋さん」がありました。すっかり数を減らしてしまった町の本屋さんですが、だからこそ、町のすてきな本屋さんを見つけたときの喜びは大きく、「みんなに教えたい!」と気持ちは舞い上がります。
「ふつうの本屋さん」に見えるこのお店が、なぜこんなに「おもしろい!」のか? 知りたい! 後日アポをとって出直し、浜田山駅前の本屋さん――サンブックス浜田山さんの木村店長にお話をうかがってきました。
長い記事ですが、サンブックス浜田山さんを、ぜひ一緒に探検してみてください。
まずは、どんなお店か、店長の木村さんにお話をうかがいながら店内をご案内しましょう。
店内を案内していただく
塩田:町の本屋さんで、みすずさんの本をこれだけ揃えているって、なかなかないですよね。フェアは常にやっているんですか?
木村店長(以下、木村):常にやっています。同じフェアをだいたい2~3か月間、売れ行きに応じて最低2か月はやっています。売れたら補充をして。
塩田:これでいま、何冊くらいですか?
木村:だいたい200冊です。地域のお客さんで大きな書店さんに行かない方は、うちに来ないとこういう本があるって、なかなかわからないじゃないですか。だからよく売れるんだと思います。
フェアが終わっても、いきなり全部返品はしないで、しばらくはほかの棚に移してキープします。あとで必ず「あれ、あの本どこやった?」って聞かれて、注文が入るんですよ。
塩田:フェアで見て、「あとで買おうと思って買いに来たら、ない!」というお客さんが、けっこういらっしゃるんですね。
私が人に1冊だけ本をすすめるとしたら、フランクルの『夜と霧』。本書もみすず書房から出ていて、もちろんフェア書目に。ほかにこのフェアのなかで特に気になったのは、下記2冊。たぶん、偏っている……。
塩田:この雑誌の棚……、雑誌の前にこんなふうに単行本、ふつうはあんまり置かないですよね? あ、仲野徹センセの本もある! 仲野先生も、HONZのメンバーなんです。
木村:え、そうなんですね。最初は別の場所に置いていたんですけど、動きが落ち着いてきたので、ちょっと場所をかえてみようかと
塩田:いろんな本があるなかで、この本が選ばれたのは?
木村:この辺の雑誌を買う人は、この辺の本も見るかな?と。感覚で。ここも頻繁に入れ替えています。もし動かなかったら、また別のところに置いたり。「1か所にだけ並べて、売れなかったら、返品」というのは、なるべくしたくないので。
塩田:手がかかっていますね。
塩田:――そこの棚、「売れてほしい本」と書いてありますが、「売れてほしい」とは……、それも感覚ですか?
木村:ええ、「こういうのが売れたらいいな~」と思われる本、ですね(笑)。
この「売れてほしい本」の棚で、個人的に気になったの本
塩田:この棚は、並べ方ってあるんですか?
木村:軽くはジャンル分けしています。たとえば哲学系とか、歴史系とか。でもここも、常に並べ替えています。新刊の単行本は毎日けっこう入ってくるので、その都度入れ替えています。
塩田:この壁紙、ウィリアムモリスの「いちご泥棒」ですよね? このへんもこだわりがあるんですか?
木村:これ、雑誌の付録でたくさん余ってたんですよ(笑)。もったいないから使っています。
塩田:てっきりこだわりがあるのかと(笑)。でも、この棚とか網とか、ぜんぶ手作りですよね?
木村:はい、自分でパーツを買ってきて、くっつけたりして。たいしたDIYじゃないですけど。
塩田:あの、最初に来た時から気になっていたんですけど、棚の表示のイラスト、ご自分で描かれたんですか?
木村:ああ、これは、棚の名前だけ自分で考えて、イラストは大学生のアルバイトの子におまかせで描いてもらったんですよ。お客さんが見て楽しいと思ってもらえるのがいいなと、ふつうに「絵本」とか「実用書」とかじゃないのを、と。おもしろく描いてもらえて、ありがたかったですね。
塩田:ところでこの新書の棚、驚いたのが、たとえばこの岩波新書の並べ方、番号順ではなくテーマ別で、岩波ジュニア新書と混ぜていますよね? 多くの書店さんは、器で分けて番号順だと思うんですが、テーマ別にしたほうが売れるんですか?
木村:そうですね。でも、管理がめっちゃ大変です(苦笑)! 新書とか、番号順にするのがいちばんラクですよ。でも、こうすることで、関連本が売れていくので。
塩田:管理は、頭で覚えているんですか?
木村:ええ、でも、岩波さんはスリップがあるからまだいいんですよ。全部は覚えられないし、スリップがないと、相当売り損じていると思います。
塩田:なんでスリップがないと、だめなんですか?
木村:スリップがあると、目に見えて何が売れたかわかりますから。大きい書店さんならデータで見るからスリップは必要ないかもしれないけど、うちなんかはやっぱりスリップで見て「これが売れた!」って実感がないと、補充もしづらいですし。
スリップのない出版社の新刊で切らしちゃいけないのは、自分でスリップ書いて入れてるんです。
塩田:なんと、スリップを手作り!
木村:いちいち毎日データを全部見ていられないし、常備でずっと置きたい本もスリップなしだと、売れちゃったらわからないじゃないですか。スリップがあれば、一発なんです。
塩田:たしかに、ほかの人がレジに入っていたら、何が売れたか把握できないですよね。
木村:出版社にとっては経費削減だと思うんですが……、スリップ大事です!
塩田:ここの並べ方は……?
木村:ここは、うちのお客さんが好きそうな本を。うちみたいな規模の書店にはあまり入らないような本もけっこう並べます。
塩田:初めてうかがったとき、ここにあった文庫本を買いました! なんか、ひきつけられる感じがして。……たとえばここなんですけど、この『戦争は、女の顔をしていない』の文庫版とコミック版は、一緒にならべてもらえないことも多いですよね。同じ著者の文庫や単行本も、判型(本の大きさ)もバラバラなのに、一緒に並べてあって。
木村:まあ、そうですよね。でも、並べるのに判型にこだわったりすると、もったいないじゃないですか。
塩田:そうですね。コミック版がコミック棚で文庫版が文庫棚だと、両方あることに気が付いてもらえないし。
木村:逆に、「一緒に並べないと、おかしくない?」みたいな気もするんですよね。
続きは、お店奥のコミックコーナーに入り口がある、事務所にお邪魔して続きのお話をうかがいました。
お店の歴史や、日ごろのお仕事など
塩田:ではまず、お店の歴史を教えてください。
木村:創業が1983年、昭和58年で、もうすぐ40年です。むかしは古本屋さんだったようですが、いまは新刊だけ扱っています。チェーンとかではありません。もともと、うちの社長が……お向かいに魚屋さん、ありますよね? あそこの家系なんですよ。
塩田:え、元・魚屋さん?
木村:ええ、もともとは、ここにも魚屋があったんです。でも、別の商売を始めるかということで、うちの社長が本屋さんをやろうかなと。それで、以前、出版取次の鈴木書店という会社があったんですが、そこの重役の方が魚屋さんのお客さんで。その方にいろいろ相談して。その方が魚屋さんのお客じゃなかったら、本屋はやっていないでしょうね。
塩田:ご縁ですね! それで、木村さんがこちらにいらしたのは、いつなんですか?
木村:うちの社長が、ぼくのおじなんですよ。それで、高校に入ったころから「うちでバイトするか?」ってことで、高校を卒業したらそのまま社員、という感じで。
塩田:ではもともと、本はお好きだったんですか?
木村:いや……、それが、じつは全然なんです。ふつうに、高校生の頃は赤川次郎とか内田康夫とか読んでましたけど、特別に本が好きとかではなくて。
塩田:でも、選書や並べ方には、こだわりを感じます。
木村:いやー、すごい読書家に見られるんですけど……(苦笑)。ふつうに本は読みますよ、ミステリーとか歴史小説とか。一番好きな作家は、中国の歴史小説とかを書いている、宮城谷昌光さん。新刊は必ずチェックしています。
塩田:でも、本を知らないと、棚ってつくれないのでは?
木村:そうですね、でもそれは長年の蓄積というか。うちのお客さんが人文系のものが好きなので、「なんでこの著者が売れるんだろう?」と調べてみて、それで既刊本を置いてみたり、じゃあ新刊もチェックして置いてみよう、とか。
塩田:お客さんによって、お店が育てられた、と。
木村:完全にそうです。もしうちのお客さんがライトノベルが好きだったら、ラノベをばーんと置いていた可能性もあるし、本当に、浜田山という土地のお客さんに育てられている、という本屋です。
塩田:浜田山は落ち着いた住宅地、というイメージですが、学術系のお仕事をされている方が多いんでしょうか?
木村:そうだと思います。
塩田:自分としては、「こういう書店にしたい!」みたいなのはあるんですか?
木村:それはまあ、楽しい書店にしたいです。
塩田:楽しい、とは?
木村:マンネリ化したくないんですよ。毎日いらっしゃるお客さんもいて、そういう人が来ても、「あ、なんか変わってるな」っていう。
塩田:では毎日、在庫の本も場所を動かしている、ということですか?
木村:そうです。もうひたすら、暇な時間があれば棚を触ってるんで。同じような並びだと、毎日来てくれる人はその棚、スルーするじゃないですか。なるべくそういうの、なくしたいんです。そういう人が来ても、何かしら手にとってもらえるように。棚が動いていないのが、嫌なんですよ。
塩田:ずっと動かしていたい?
木村:はい、もう、どの本がどこにあるか、俺にしかわかっていない!っていう……(笑)。毎日、あっちこっち本が移動しているんで。
塩田:本の場所は頭で覚えているんですね?
木村:そうです。
塩田:それって、この規模で、町の書店さんだからできる、という面もありますね。
木村:そうですね。それに、たとえばフェアとか、やりたいことがあったらすぐに出版社とか取次に電話して提案して、「じゃあやろうか!」みたいなこともできるので。
塩田:出版社の方から提案するフェアってあるじゃないですか、ああいうのは……?
木村:嫌いです。
塩田:ああ、やっぱり(笑)、ああいうのには乗らない、と。
木村:乗らない(笑)。以前はやったこともあるんですけど、出版社側から出してくるラインナップが、「これ、うちでやんなくてもいいよな」ってかんじになってきてしまって。せっかくうちに来てくれているお客さんに、うちでしか会えないような本をって、それを目指しているところはあります。
塩田:それで、「うちのお客さんのために、こういうフェアを」と独自に企画を考えて、出版社に連絡をして、と。
木村:ええ、そのやり方で、いろんな版元(出版社)さんとやってきています。そういうつながりで、「うちもやってみてもらえませんか」という話が来ることはあります。
塩田:私がこれまでお見掛けしたのは、あまり規模が大きくない出版社さんの本をまとめて置いておられるようなフェアでしたが、テーマ別でもやることはあるんですか?
木村:テーマ別は、ないですね。出版社一本でどーんと点数を並べて、という感じが多いです。
塩田:フェアは渋めな出版社のものが多いようですが、ツイッターを拝見すると、よく売れているようですね。
木村:ええ、ありがたいことに。人文系の固い出版社の本を、ふつうに、地元のお客さんが買ってくれるんですよ。ツイッターを見てきてくれるお客さんは、そんなにいないと思います。
塩田:お店を見ていると、お子さんもお客さんで入ってきますよね。
木村:ええ、基本は町の本屋なんで。うちは入って右側の壁際が人文系とか本好きな人向けで、左側が実用とか児童書とかに分かれてるんです。
塩田:どっちが良く売れますか?
木村:売り上げ的には、コミックとかも入れたら固くない方が、とは思いますけど、うちの規模としては一般の書籍も売ってる方だと思います。……やっぱり自分としては、右の方の棚に思い入れがあるんですよね。やってて楽しいんで。
塩田:本屋さんをやってて楽しいのは、自分がこだわったところが売れることですか?
木村:いやー、それは嬉しいですね! 長年のお客さんを思い浮かべて、「あの人はこういう本を好きかな?」と思って仕入れて、その人が手に取ってくれたりすると、「よっしゃ!」みたいな(笑)。
塩田:完全に個人の顔が見えていて、「この人だったら……」と。
木村:ええ、そういうふうに、決め打ちで仕入れる本もありますよ。「これ、絶対にあの人は手に取るよな」って。
塩田:それが当たると、嬉しいですね。ああなるほど、やたらと充実している著者さんのコーナーがあるのは、常連さんにその著者のファンがおられるからなのかと腑に落ちました。
塩田:それで、ターゲットの人が買ってくれたとして、その人じゃない人も手にとってくれたりとか?
木村:ええ、それもあります。「やった!」ってなります(笑)。でも、それが高い本だと、補充どうしようって悩むんですよ。「もう一冊、売れるだろうか?」って。
新刊もそうで、最初に入れた本が売れたら、補充するか悩みます。うちはベストセラーをばんばん売るタイプの本屋じゃなくて、地道にいろんな本を数冊ずつ売っていくようにしているので。
塩田:決め打ちで買ってきて、はずれることもありますか?
木村:もちろんあります。
塩田:そういうときは、どうするんですか?
木村:それはもう、並べるところを変えるとか、なんとかそれを他の人に買ってもらおうとします。面陳で2週間くらい置いて動かなかったら、他のところに移してみようかって。
塩田:やっぱり、移すと変わりますか?
木村:変わります、変わりますよ。今まで全然動いてなかったのに、ちょっと場所を移しただけで、「あれ、急に売れた」みたいな。こっちが目立つように並べていたつもりでも、お客さんによって見方が違うので。
塩田:逆に、悲しいことってありますか?
木村:「これは売れるぞ!」って入れて、売れないとやっぱり悲しいです。でも、置いてみないとわかんないですよね。同じ作家さんでも違うし。ただ、たとえば同じフェアの同じ書目でも、見せ方を変えるだけで売れ行きが変わってくるので、フェア棚の中でバッと置き方を変えてみたり、売れるように工夫はします。
入ってくる本も、取次の見計らい配本だけではなくて、人文系の出版社に関しては、ほとんど事前にダイレクトメールとかをもらって、書名、内容、出版社、著者をチェックして、「あ、これうちでいけるんじゃないか」っていうのを選んで入れています。
あ、それと、つらいのは、取次を通していると客注でも2週間くらいかかったりすることがあるんですよ。そんなに待ってもらえないお客さんもいるので。うちは毎週1回、神保町に仕入れに行ってるんですよ。その仕入れがないと、ちょっときついかなと思います。
塩田:仕入れって、自分で車を運転して、本をとりに行くんですか?
木村:そうです。運転していろんな取次をまわって、駐車場に車を停めて、台車に仕入れた本がつまった段ボール積んで、帰ってくるって感じです。
塩田:お客さんのために、いろんな努力をされているんですね。町の本屋さんならではの可能性って感じますか?
木村:いやー、もう、「なんとか残らなきゃ」って感じですよ。最近、独立系って言われている書店さんの勢いがあるのは感じますけど、うちみたいな「町の本屋さん」とはちょっと違うじゃないですか。
塩田:独立系は、セレクトショップみたいな感じですよね。
木村:ええ、そういうお店は増えていくと思います。でも、うちみたいな町の本屋さんは、どんどんつぶれているじゃないですか。浜田山にも、うちが開店したときは本屋さんが5、6軒あったんですよ。でも、今はうちだけ。もう、駅前に本屋があるだけでびっくりです!
お話を終えて
――こうして気さくにお話いただき、あっという間に1時間ほど経ってしまいました。木村店長には「お客さんに楽しんでもらいたい!」というホスピタリティがあふれていました。しかし、人当たりの良いほのぼのした雰囲気の裏に、周到な罠(わな)猟師のような一面も見せていただきました。
「この本をここに仕掛ければ、きっとあのお客さんを、まんまと捕獲できるに違いない!」
「くっ、まさか逃げられるとは! なぜだ? ならば次はこっちに、こんな風にしてこの本を仕掛ければ……、やった! かかったぞ、成功だ!!」
(↑塩田の妄想)
あらゆるジャンルの本を扱う小さな総合書店としての「町の本屋さん」の役割を果たしつつ、興味がないはずのジャンルの森にも誘い込む不思議な魅力は、毎日丹精込めて棚を整えておられる木村店長の努力の賜物でした。
お店の左側目当てに通っていた子が、ある日うっかり右側に迷い込み、開眼してしまう―ーこんな本屋さんが近所にあったら、人生が変わってしまうかもしれない。サンブックス浜田山さんは、そんな気持ちにさせてくれる、町のすてきな本屋さんでした。
最後に、私が初めてうかがったとき、私の買った本に木村店長がカバーをかけてくださっていたのですが、その職人技に内心びっくりしていました。それを今回買った本で録画させていただいたので、ここで紹介します。
お店を始める時に、社長さんが別の本屋さんに研修に行ってならってきた方法を受け継いでおられるそうです。
初来店時に購入し、カバーをかけていただいた本。
こちらも初来店時に購入。文庫下の自由な棚に面陳されていて、まんまと木村店長の仕掛けた罠にはまってしまった。昨年のHONZ「今年の一冊」でも紹介。
下の3冊は今回購入。なぜ井上靖の文庫新刊が今頃?と思ったら、昨年が没後30年だったのですね。買える時に買っておかずに買い逃した文庫がたくさんあるので、即購入。
上記は今回カバーをかけていただいた一冊。『センス・オブ・ワンダー』は私の学生時代からの心の一冊。ハードカバー版を愛蔵しているので、文庫になってちょっと悲しいけれど、より多くの人の手に届けば。