何かの入り口にいるような予感。芽吹く感じ。社会が、企業が、個人の生活がどんどん変わっていく。不確実な時代と呼ばれているが、芽吹きを肌で感じながら日々を生きている。
本書『自分で始めた人たち』にも、同じような空気感があった。政治に頼らず、市民が自治体と手を繋いで、地域を変える旅に出る。コロナ騒動の最中、また個人の尊厳が注目されている今、地域がどう動き出しているのか、未来に伝える大事な記録である。
本書は、「チャレンジ!!オープンガバナンス(Challenge Open Governance : COG)」という企画を通じて、著者が出会った人たちとの対談をまとめたものだ。COGは、地域の課題解決のアイデアを応募するコンテストで、自治体と市民がタッグを組んで取り組むのが特徴である。2016年から始まって、毎年、より多くの参加自治体の協力によって実施されている。
COGで応募されるアイデアには、市民ならではの着眼点や、軽いフットワーク、びっくりするような人間の突破力など、魅力的で参考になるエピソードがたくさん詰まっている。でも、それだけではない。人を通じて、地域の特性が見えてくるのが本書の面白いところだ。
本書で登場するのは、沖縄県那覇市・滋賀県草津市・神奈川県川崎市宮前区・東京都中野区の4地域だ。なぜこの4地域でアイデアがかたちになったのか。
沖縄県那覇市では、コロナ禍の貧困問題に高校生が取り組んだ。アメリカ留学を途中で断念せざるを得なかった高校生が、現地で体験したフードドネイションを、那覇市で実践した。仲間となったのは、同じように帰国を余儀なくされた高校生たちである。沖縄県には県費留学の制度があり、外の世界を見た高校生が自発的に集まった。
しかし高校生だけでは、活動に限度がある。なぜ、活動が育ったのか。それは、那覇市の土壌として、10年前から市民や行政の人たちがまちづくりのために協力する仕組みが始まっていた。「なは市民協議会」や「協働大使」という具体的な取り組みが、市民の助け合いの文化を育んでいたのだ。
このように、従来から住民同士が話し合う仕組みや文化が定着していることが、大きな突破口となった。この仕組みや文化は、時には、神奈川県川崎市宮前区のように、日本古来の伝統的な仕組みに繋がっていく。人間の活動を通してじゃないと、見えてこない地域の特性があることを、本書は気づかせてくれる。
地域の課題は、”よくある話”として、見過ごされがちだ。たとえば、「ベッドタウンの保育士不足」という課題について、文字だけ見れば、ニュースでよく見る話として、気にも留めずに通過してしまう。でも、現地で活動している人たちは、本当にすごいことをやっている。本書は、その地域の背景や、人々の考えに興味を持つことのきっかけにもなった。
著者の宇野重規さんは、政治思想史の研究者で、民主主義の思想を中心に研究している。HONZでも、『民主主義とは何か』や『未来をはじめる「人と一緒にいること」の政治学』を紹介しているように、いろんな角度から民主主義を分かりやすく説いてくれる。
本書の最後の座談会で、「民主主義」に代わる言葉を探している。
「デモクラシー」とは本来、人々が実際に力を持って世の中を動かしているという実感のようなものだと思うんです。日本語の「民主主義」をもっともっと手触りや手応えのある言葉にするためにも、自らの実感に裏打ちされた「自分たちのことは自分たちで決めたい、変えていきたい」という思いや経験を蓄積していきたいと思います。
「民主主義」に変わる言葉は何だろう。この問いであれば、政治に疎い私でも、誰かと語り合いたいなと思う。ボランティアに参加して、自分の言葉で語ってみたいと思う。自分発信の「民主主義」と、人を通じて知る地域、この2つを本書でよく学ぶことが出来た。