『差別はたいてい悪意のない人がする』特権という厄介で見えにくいことを考える

2021年10月28日 印刷向け表示
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差別はたいてい悪意のない人がする

作者:キム・ジヘ
出版社:大月書店
発売日:2021-08-26
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 差別はつねに、差別によって不利益をこうむる側の話である。差別のおかげで知らぬうちにメリットを得る側の人が、自ら立ち上がって差別を語ることはしない。ただ、よーく考えれば、差別される側になる可能性があるのであれば、差別する側になることだってあるはずということに気がつける。

「もうすっかり日本人ですね」

「希望を持ってください」

この2つの声がけは一見褒めていたり、励ましていたりする言葉のように見える。だが、前者は国外から日本へ移住した人たちに、後者は障害者に対する代表的な侮辱表現の例としてあげられる。このように日常の会話の中に、悪意のない差別が潜んでいる。

特定の言葉を口にしないよう、注意すればいい。それだけではすまない。このような言葉がなぜ侮辱することにあたるのかを理解しなければならないのだ。実はその方法はそこまで難しくない。当事者に聞いてみることだ。

著者は、移民,セクシュアル・マイノリティ,子ども・若者,ホームレスなどさまざまな差別問題に関心を持ち,政策提言に携わっている大学教授。いっぽう、差別の死角地帯におかれた人たちを直接尋ね、声を拾う現場活動家の一面もある。抽象的なテーマを説明する前に必ず具体的なエピソードや事例があるのは、現場に身を浸しているからであろう。現場のエピソードとそこから生み出される問いが思慮深くかつ挑発的である。

本書ではじめて知った言葉がある。トークニズムである。ある集団にマイノリティ(被差別集団)の構成員のごくわずかを受け入れることである。建前主義、体裁主義と訳されることもある。

例えば、女性の管理職を増やす施策において、一定数の女性だけが管理職になることである。実際には、50%近くになってこそ、差別がないという状況であるにも関わらず、少数が受け入れられると、差別がないように見えてしまう。さらに厄介なことに、トークニズムには、差別に対する怒りを和らげる効果がある。一部のマイノリティの成功者によって、すべての人に機会が開かれているように見え、希望を与えるからだ。完全なる錯覚である。

さらに、女性が数値的には不利な状況は変わらないのに、ジェンダー平等に関する政策が浸透するにつれ、男性が逆に差別を受けていると訴えはじめる。マイノリティ、つまり女性はもはや差別されていないという前提がそこには見え隠れしている。しかし、女性が差別された時代は本当に終わったのだろうか。

本書で扱うのは、ジェンダーの問題だけではない。著者の講義で障害者のバス利用について、学生と議論した。授業後、一人の生徒はノートに自分の考えを率直にまとめた。

障害者がバスに乗ると余計に時間がかかるから、その分、追加料金を払うべきではないでしょうか

この学生は、最初から非障害者にとって有利な速度や効率性を基準にしていた。そのデフォルトが傾いた公平性であることを認識できていなかった。自分の立ち位置を変えれば、風景が変わる。当事者から話を聞き、当事者の肩越しに世界を見れば、世界の傾きも見えてくる。

傾きをつくるのは特権、つまり自分自身に与えられている有利な社会的条件によって得られた恩恵である。ただ、特権は意識的に努力して得たものではなく、すでに備えている条件であるため、たいていの人は気づくことができない。さらに、すでに特権を持っていた側の人(例えば、男性や白人)が、社会が平等への一歩を踏み出したときに、特権への侵害に憤り、損失を感じ、「正しくない」、不平等とさえ思うだろう。

ほとんどの人は差別したいとは思っていないし、平等という大原則に共感している。その一方で自分が持っている特権に気がついている人はわずかで、差別を認識しておらず、平等を実現するための措置に反対してしまう。

ここまでが、プロローグ「あなたに差別は見えますか」と第一部「善良な差別主義者の誕生」第一章「立ち位置が変われば風景も変わる」である。第二部、第三部へすすむにつれて、自分の無意識にまで目を向ける作業は続く。自分が認めたくない恥ずかしい自分を発見する勇気が試される。

本書は著者初の単著であり、韓国で16万部超のベストセラーとなった。その背景にはセクシャルマイノリティや難民など、マイノリティ集団に対する差別と嫌悪が社会的な問題となっているからだ。韓国社会の現状についてはあとがきに詳しく書かれている。日本の現状との違いと共通点を知った上で読んでほしい。

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真のダイバーシティをめざして―特権に無自覚なマジョリティのための社会的公正教育

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出版社:上智大学出版
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出版社:早川書房
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出版社:中央公論新社
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