この人を見よ!。本書の紹介としては、それ以上、なにもいらない。
著者略歴から、映画がいくつでもできる。最終学歴は小学校卒業、13歳でストリートチルドレンに、奇病、二度の癌、4度の結婚離婚、と、経歴だけで圧倒される。1971年生まれの著者の半生は、2016年に出版した『不死身の花 夜の街を生き抜いた元ストリート・チルドレンの私』(新潮社)に語られている。
これは、5年ぶりの2作目であり、前著と重なるエピソードもあるものの、アウトローとの交わりを中心に整えられている。監修は、鈴木智彦氏である。ヤクザの表と裏を知り尽くすライターの助力によって、彼ら彼女たちの生身の声とともに、人間関係の機微が浮かびあがる。
著者・生島マリカが描くのは、人間の業であり、強さであり、弱さであり、情けなさであり、凛々しさである。人が生きるうえでの、ありとあらゆる感情が詰まっている。
「神戸の社長」と呼ばれていた、五代目山口組組長・渡辺芳則、「奈良の会長」こと、五代目山口組若頭補佐・桑田兼吉、この2人とのエピソードから始まる。1997年のことである。その年の山口組では、8月にJR新神戸駅につながるホテルで、ナンバー2の若頭・宅見勝が射殺される。
物情騒然としたなかで、著者は、乳飲児を抱えながら、大阪・北新地のホステスとして、山口組の大幹部たちと接した。しかし、宅見の名前はもちろん、事件については、まったく触れられていない。
彼らは、どんな心境で当時を過ごしていたのか。間近で触れた生々しさが散りばめられている。
なかでも、生島マリカは、なぜ「神戸の社長」の腹にパンチをくりだしたのか。スイートルームでバスローブを脱いだ「奈良の会長」の前からどうやって帰ったのか。ぜひ本を手にとってから驚いていただきたい。
「奈良の会長」がその後どうなったのかを知れば、彼女の描写は、さらに血の通ったものに感じられるだろう。
映画のモデルになった事件は、前著でも書かれていたが、この本で読むと、より人間臭く見える。その前に置かれた第2章に「おかまちゃん」との接点が語られているからである。
「彼女たちの絶望」をめぐる著者の分析は、客観的な視点からは、ぜったいに出てこない。
五歳から今日まで、わたしは何十人ものおかまちゃんと接してきましたが、同じような問題で挫折し、傷ついた人がたくさんいました。何も生み出さない空っぽな穴と、失った男根を呪い、苦しみを乗り越えられず、自ら命を絶つ人もいます。彼女たちの絶望は、所詮わたしたちには分からないのかもしれませんが、何であれ死ぬよりはいい。そう願い言い切れるのは、わたしが女だからかも知れない。(pp.113)
ここを、義務教育に使うべきではないか。
ありふれたキレイゴトは通じない。哀しさと喜びをつづったさきに、著者が13歳から14歳で体験した「マルサの事件」が置かれている。
映画「マルサの女2」を見た方なら、女優・洞口依子の表情とともに、事件のことを思い出すにちがいない。詳細は省こう。「山本のおっちゃん」(前著では伏せ字、今回は実名)もまた、その筋の大物だったことを思うと、生島マリカとヤクザの縁は宿命に映る。
かつて「元祖経済ヤクザ」と呼ばれた生島久次がいた。その息子と彼女が知り合うのは、あの1997年の翌年である。「神戸の社長」や「奈良の会長」が、著者の勤めていた店に顔を見せなくなったころ、はじめてのデートで結婚を申しいれられている。
生島久次の生涯は、わずか2ページで語られる。壮絶としか言いようのない生きざまをつきつけられた息子と、生島マリカとの結婚生活を通して、生島家のみならず、戦後日本裏面史を、読者は追体験する。
「色んな人と出会ってきたわたしが、唯一、自分と同じくらい数奇な運命を生きたと思える同年代の人物」(pp.220)と評する男には、読み手もまた著者と同じく、「あなたの希望は、完全に叶えられたのでしょうか」と聞きたい。
そんな海千山千、などという陳腐な表現ではおさまらない人びととわたりあってきた著者は、「そうだ、歌舞伎町へ行こう」(pp.226)と、まったく知らない街へと向かう。出会ったのは「歌舞伎町の鬼」だった。生島マリカが、呆れ、笑いがこみあげ、恐れいる、そのホストについて書いても、じゅうぶん1冊の本になる。なのに惜しげもなく、30ページほどで終える。きっぷの良さが、著者の、本書の真骨頂であり、読後感は、とことんさわやかである。
わたしの愛する「彩図社の本」、そして、同社の本をたくさん並べてくれているJR大塚駅前の山下書店大塚店らしい、あっさりしていながら怪しげな装丁は、カバーをはぐと、いっそう読む側を惹きつける。外見にふさわしく、小難しい理屈も、ありがたい教訓も、この本には、まったくない。
人間が生きている。その姿を見ればいい。「面白かった」、「すごかった」、読み終えた後に、思わずつぶやく読書は、すばらしい。そんな本を書ける人は、もっとすばらしい。