今年は東日本大震災の発生から10年目という節目の年である。若い世代には当時の記憶をもたない人が増えてきた。東北沖で約1000年に1度というマグニチュード9の巨大地震が発生し、日本列島の地盤を東西へ5メートルほど引き伸ばしてしまった。このストレスを解消しようとして内陸では地震が頻繁に発生し、私が専門とする地球科学では、今後20年は止むことがないだろうと予測している。
本書はこうした状況について、新シリーズ「岩波ジュニアスタートブックス」の創刊ラインアップとして出た。最先端の地震学を誰にも分かるように解説した本だが、何とターゲットは中学生である。というのは最近、多くの文系学生の科学リテラシーが、悲しいことに中学生レベルだからだ。
それは私が今年3月まで24年間教えた京大生もそうだった。といって理系学生も同様で、小説や歴史にはあまり興味がなく、人文社会リテラシーは中学生レベルなのだ。
つまり、一部の優秀な若者を除いて、多くの京大生は受験を突破する勉強に手一杯で、試験に出ない「教養」まで余力がなかったわけだ。それは若者に留まらずビジネスパーソンや政治家まで、日本全体でそうなっているのを大いに危惧している。
話が逸れたが、そうした日本人の弱点をカバーするため、とにかく「中学生レベルから知識を身につけて欲しい」と、岩波ジュニアスタートブックスが創刊されたわけだ。その位置づけは、今や定番の「岩波ジュニア新書」の前に読んでもらう入門書というコンセプトで、まず中学生が手に取りたくなるデザインから工夫した。
さらに児童書にも繋がるジャンルなので、専門用語はできるだけ日常語に置き換えて、徹底的に内容を噛み砕いて記述した。また、できる限り漢字にはルビを振り、巻末にはくわしい索引を用意した。
中学生に限らず大人でも初めて勉強するとっかかりに、子ども向けの本を入門書として選ぶのは非常に正しい読書法である。たとえば、国民的作家として知られる司馬遼太郎は、自然科学系のテーマについて調べるとき、児童書から読み始める、とエッセイに記しているくらいだ。
司馬は『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『菜の花の沖』という、海が重要な舞台となる小説を執筆するにあたり、まず海や船の原理を知ろうと試みた。その際、少年・少女用の科学書をできるだけたくさん読みこんだという。
児童書は内容を一番良く知る専門家が明快な文章で書いているので、最も効率的な情報ソースになりうる、というわけだ。新しい分野に「入門」するわけだから、格好をつける必要はまったくない。とにかく分かりやすい本から取り組むのが鉄則で、そこに児童書という打って付けのジャンルが用意されている。
さて、最近の日本列島で地震や噴火が頻発しているのは、先ほど述べた東日本大震災から「大地変動の時代」に突入したからだ。本書は「なぜそうなったか」のメカニズムを図入りでくわしく解説し、中学生に限らず大人も「賢く生き延びる」ための対処法を具体的に説いた。
実は「大地変動の時代」の異常現象は地震だけではない。日本に111個ある活火山をめぐる状況も一変し、そのうち20個の地下でマグマの活動を示す地震が起き始めた。
その中には日本最大の活火山である富士山も含まれている。まだ噴火していない点こそ幸いだが、いつ噴火してもおかしくない「スタンバイ状態」にあることは間違いない。
加えて近い将来には、100年おきの巨大災害がひかえている。東日本大震災と同規模の「南海トラフ巨大地震」が、2030年代(すなわち2035年±5年)に起きるのだ。これが太平洋ベルト地帯を直撃することは確実で、東日本大震災より1桁大きい220兆円の経済被害が生じ、約6000万人が深刻な影響を受ける。
厄介なことに、富士山の噴火を誘発する可能性もある。前回の300年前には、南海トラフ巨大地震がマグマだまりを刺激した結果、その49日後に江戸市中に厚さ5cmの火山灰を降らせる大噴火が起きた。現代では、地震と噴火の複合災害が、首都圏を含めて日本全体を麻痺させる恐れがある(拙著『富士山噴火 その時あなたはどうする?』祥伝社)。
国は南海トラフ巨大地震の地震発生確率について、30年以内に70〜80パーセントという数字を公表した。ところが、ここに伝え方に関する問題がある。というのは地震発生確率で示されたのでは、専門家の私ですらピンとこないからだ。
そこで私はあることに気がついた。実際の社会で人は「納期」と「納品量」で仕事をしている。つまり、いつまでに(納期)、何個を用意(納品量)と示されなければ、主体的に動けないのではないか。
よって、私は以下の2項目に絞って著書や講演会で伝えるようにした。すなわち「①約10年後から必ず襲ってくる。②被害は東日本大震災より10倍大きい」。こうすることで講義でも講演会でも話がすんなり通じるようになった。
近未来に確実にくる巨大災害へ対処するには、初等中等の教育が一番大切である。子どもたちと一緒に本を読みながら、大人も最先端の科学知識を身につけて賢く対処してほしい。地震や噴火が起きても事前にしっかり備えをしておけば、被害の8割は減らすことができるからだ。
ところで最近「ほんとうの名著は児童書にアリ」と感想を寄せられた読者の方がいて、とても勇気づけた。ちなみに9月には、筑摩書房から「ちくまQブックス」という中学生向けの読書シリーズが創刊されるが、私も『100年無敵の勉強法』を上梓する。これまで大学生・大学院生と20年以上付き合ってきたので、今度は若い人たちに向けても情報発信したい。
ちなみに、私は教え子の京大生たちに、いま読んでいる本が難解だと感じたら、「著者の書き方が悪いからではないかと疑ってよい」と話してきた。拙著『成功術 時間の戦略』(文春新書)に記した「難しい本は書いた人が悪い!」というキャッチフレーズだが、読書の苦手な若者たちの敷居を下げたいのである。
でも「難しい本は書いた人が悪い」なんて言ったら、その矢は自分に刺さってくるかも知れない。本当にそうかどうか、本書をご覧いただければ幸いである。