若者の3年内離職率が過去10年で最高、というニュースがあった。記事によると、若い世代で成長性の高い分野をめざす動きが活発だという。私は非常に明るい変化だと感じたが、周囲には否定的に受け取る人がいた。いわく「とりあえず就職してその中で頑張る」という生き方が通用しなくなって、可哀想だというのである。
あなたはどう思うだろうか。経済の動きにあわせて動く数値なので、大きなトレンド変化なのかどうか読みにくい、という意見もある。それももっともだ。でもここで私が問いたいのは、新卒で骨をうずめる働き方から、労働市場を渡り歩く働き方に変わりつつあるとしたら、それを歓迎するかどうかである。
本書の著者は有名企業ミスミを2年で辞めている。著者の場合は、採用面接時に「3年で辞めます」といって入社しているのだから、期待を裏切ったことにはならないだろう。25歳で独立してボーダレスジャパンを創業。いまや、日経ビジネスの「世界を動かす日本人50」に選ばれるような大活躍をしている。
著者の有言実行ぶりもさることながら、ミスミという会社の懐の深さにも驚かされた。福岡県の普通の家庭に生まれた著者が、学生時代、偶然目にしたドキュメンタリー番組をきっかけに貧困問題に取り組む決心を固め、アメリカに留学。その後、実社会でビジネスを学ぶためにミスミを選んだという流れである。そして、ミスミが孵卵器になったのだ。
結果的に、著者が古巣ミスミに果たした貢献も大きい。現代は、開かれた企業文化をもった会社に能力のある人材が集まりやすい時代だからだ。また、会社の外側に力ある人材の緩いネットワークができるのは、長い目でみたときに必ずや大きな力になるからである。その辺の事情は、リクルート社の事例を持ち出すまでもないだろう。
本書には、著者の経営手法がまとめられている。独立した事業を営むグループ内企業をそれぞれが支えあう仕組みでまわっている。それぞれが同じ落とし穴に陥ることがないよう、皆でチェックしあっているようなイメージである。そこにはシナジーも働くし、孤立を防ぐことが全体を押し上げる大きな力にもなる。
本書を読む前私は、ビジネスが社会問題の元凶だ、と考えていた。しかし世界15か国で40社を展開するボーダレスジャパンは、貧困、難民、地球温暖化などの社会問題を「ビジネスの力で」解決していっている。じつに画期的で痛快だ。「もう資本主義ではやっていけないが、他に手立てがない」と下を向かれている方がいれば、希望の光となるだろう。
そんな方には、本書をぜひ読んでもらいたい。若い人にもプレゼントして欲しい。『人新世の資本論』の著者・斎藤幸平氏に「豊かな脱成長経済へ。これからのビジネスの条件はすべてここに記されている」と言わしめ、『ビジネスの未来』著者・山口周氏にも「誰もが資本主義のハッカーになれる。この本はそれを教えてくれます」と絶賛されている。
第一章にはグループの仕組みが書いてある。最初にボーダレスのドメインを明確にする。従来のビジネスも社会の役に立っている、という反論が予想されるからだ。その後でじっくり、グループ内の資金や情報の流れを説明し、余剰利益が出たら次の世代のために共通のポケットに入れる「恩送り経営」について説明する。
私が発明だと感じたこの「恩送り経営」に辿り着くまでの経緯を振り返っているのが、第二章だ。当初はとにかく何かの事業で儲けて、NPOに寄付するというモデルを考えていたそうだ。しかしやがてビジネスそのもので社会問題を解決できることに気づき、それを支える会社を作った、というのが全体の大きな流れのようである。
その間、貧困にあえぐミャンマー僻地のタナペ(葉巻たばこの葉)農園をハーブ栽培で救ったり、牛皮のまま輸出していたバングラデシュで牛革事業を行うことで貧困を減らそうとしたり、その挑戦ぶりに胸が熱くなった。いずれも失敗が許されない事業だからだ。この章を読むと、ボーダレス自体が何かをしながら変化を続けきたということがよくわかる。
第三章は個別事業の立ち上げまで、第四章は創業から成功までの実践方法が書いてある。そこには、具体的な6社の事例(学校の先生をサポートする事業、規格外野菜のフードロスゼロを目指す事業など)を収録。最終章では、ボーダレスが描く「未来」について言及している。
現在の売上規模は55億円。創業期は「1兆円企業になる」というという目標を掲げたというから、まだまだこれからの会社だ。でももしかしたら、この仕組みが本書などを通じて広く知られることでソーシャルビジネスに携わる人が増えていけば、違う形で著者の夢は叶うことになるのかもしれない。
著者が取り組む事業のひとつに「ハチドリ電力」がある。それが、著者の夢を体現しているので最後にご紹介したい。この事業は脱炭素化のため、自然エネルギーへの切り替えを促すことを目的としている。このネーミングに注目して欲しい。南アフリカに伝わる「ハチドリのひとしずく」という先住民の話からとっている。
山火事が発生した時に大きな動物たちが逃げるなか、小さなハチドリのクリキンディは「何もやらないよりはやったほうがいい」と、くちばしで水を運んで火に落とし続けていたというお話である。できることは小さくても、一人一人が少しずつ世の中を変えるようになることが著者の夢なのである。
冒頭の話に戻ろう。与えられた枠組み(利益追求)の下で頑張る、という従来の生き方も幸せだろう。人生百年と社会問題の時代。解決したいものを見つけて、ピボットをしながら、できることをやり続けていく発想に変わっていくのではないか。そう、ハチドリのように。きっとその気になれば、誰にでもできるはずである。