戦争にはお金がかかる。多くの燃料や弾薬が必要になるし、軍需補給にも人員や物資が大量に投入される。だが、国の一大事とはいえ、それらを湯水のように使えるわけではない。
軍隊も国の機関の1つだ。ほかの役所と同じで、予算がなければ動けない。では、戦前・戦中の日本では、いかに予算内で軍需品を調達していたのか。本書は日本陸軍の会計経理機能に着目し、軍におけるお金の流れを1次資料を基に解き明かしている。
日本陸軍と聞くと、古くさい組織を思い浮かべるかもしれないが、会計については超先進的だった。例えば、企業から軍需品を調達する際は適正価格主義を採用していた。
適正価格とは「原価+一定の利益」。陸軍は企業から物資を買いたたいたりはしなかった。適正な利益を与え、企業の持続的成長を促す方針を徹底していたわけだ。
また、利益は価格に対し一律で上乗せされるものではなく、業種や資本構成比率などに応じて算出された。これはまさに21世紀のグローバル企業の調達に通じる姿勢だ。こうした仕組みを提案したのが、後に「マレーの虎」として知られた山下奉文将軍というから、さらに驚かされる。
もちろん、限りある予算で必要な物資すべてを調達することはできない。開戦すれば台所事情はさらに逼迫する。そこで経理部門は、内地からの補給の負担や輸送のコストを軽減するための計画を立案し、物資の現地調達、現地生産による自活を推し進めた。
現地での生産物は多岐にわたり、豆腐やパン、最中、まんじゅう、漬物、こんにゃく、サイダーなど。戦地で人気の酒も、現地で生産を始めたら、品質が内地産を上回るほどになったとか。
第2次世界大戦中、現地自活が餓死者を減らし、自活体制の整備が生死を分けたとの記録もある。経理部門の差配の重要さを認識させられる。
軍全体ではなく、軍人一人ひとりの懐事情も詳しく紹介している。
例えば、師団長である中将の月収は約242万円(現在の貨幣価値換算。以下同)。死と隣り合わせの軍人の収入として高いのか安いのかは判断が難しいが、現在の自衛隊師団長の月給は76万1000円というから安くはない。
陸軍は賞与も充実していたため、中将の年収は平時でも約4700万円。戦時には、各種手当がつき8000万円近かった。とはいえ、軍全体が高給だったわけではなく、徴兵されたばかりの二等兵の月給は3万円。格差が大きかったとも、階級主義が徹底されていたともいえる。
現代とは異なる点も多いが、変わらない部分もある。会計に絡んだ不正だ。予算が膨らみ、動くお金が大きくなるほど、悪巧みする者が出てきてしまうのは世の常だ。
日中戦争が拡大した昭和13年度は横領や収賄などの不正が前年の6倍に増え、200件に迫った。被害額は約1億4200万円から約17億5000万円に激増。その翌年度以降も高止まりしている。大本営陸軍部が「かなり不安になる状況を呈しつつある」と嘆いたのもうなずける。
横領に手を染めた者たちの動機は、ほとんどが異性がらみ。これもまた今の時代と変わらないように思える。
※週刊東洋経済 2021年7月17日号