本書は『やわらかな遺伝子』や『繁栄』など多くのベストセラーを世に送り出してきたマット・リドレーが昨年発表した『How Innovation Works』の全訳である。
リドレーといえば、『利己的な遺伝子』などで知られるリチャード・ドーキンスと並び称される科学啓蒙家だ。一般読者向けに科学についてわかりやすく解き明かす名手である。しかも彼が語るのはいわゆる科学にとどまらない。歴史、文化、経済、政府から道徳、人格、教育まで、じつにさまざまな人間の営みが話題にのぼる。その背景には、銀行やベンチャーキャピタルの仕事に携わってきた経験があり、さらにはイギリスの貴族院議員であることも関係しているのだろう。
これほどテーマが多岐にわたるなか、一貫しているのが「合理的楽観主義」。人はとかく「昔は良かった、それに引き換え今は……」と嘆き、いたずらに将来を悲観しがちだ。しかしリドレーは、客観的な証拠やデータを検討すれば、昔にくらべて今は良い時代であり、これからも良くなっていくことがわかると主張する。この合理的楽観主義は、多くのビジネスリーダーや科学者に影響を与えている。
リドレーはこれまで、生物学、遺伝、進化、社会など、さまざまな角度から人類史を論じてきた。今回の切り口はイノベーションだ。イノベーションという言葉は革新とか新機軸などと訳される一方、カタカナ語としてだいぶ定着してきたが、定義はあいまいで使い方も多様である。本書ではどうかというと、「イノベーションは進化と同様、偶然に生じることはありえない」ものをつくり出すプロセスだが、それだけでなく、つくられたものが定着するまで発展させることを含むという。ここが発明とちがうところである。斬新なアイデアも、実用的で、信頼できて、大勢が利用できるかたちになってはじめて、人びとの生活を豊かにするイノベーションになるのだ。
そして本書前半(7章まで)は、そんなイノベーションのさまざまな具体例をジャンル別に取り上げて、その成功の経緯を詳述している。蒸気機関や電球、鉄道や飛行機、ワクチンや抗生物質、化学肥料や農業革命などは、人類の生活を飛躍的に豊かにした発明としてよく語られるが、著者はそれがいかにして定着したかまで掘り下げて、それを実現した「イノベーター」たちにスポットライトを当てる。現代社会に不可欠な通信やコンピュータのようなハイテクだけでなく、水洗トイレや波形ブリキ板のようなローテクのイノベーションの話も出てくる。さらに物語は先史時代にまでさかのぼり、農耕や火を使う料理の始まりからイヌの家畜化まで、リドレーの守備範囲の広さには舌を巻く。
ここまで読み物としてほんとうにおもしろいし、著者ならではの洞察も読み取れる(が、正直、この手の物語はけっして珍しくはない)。本書の真骨頂は、後半(8章以降)に述べられているイノベーション現象の分析である。具体的な事例を総合して見えてくる本質に、著者は鋭く切り込んでいる。
たとえば、イノベーションは緩やかな進化のプロセスである。ひとりの天才のひらめきが問題を解決して世界を変えることなどありえない。大勢の人びとの協力と共有によって、だんだんに実現する。そしてイノベーションには試行錯誤が必要である。どんな発明も何度も試してようやく使えるものになる。「新しいテクノロジーができたばかりの数年は、財をなすより破産した起業家のほうがはるかに多い」。試行錯誤が許されないがために、原子力発電というイノベーションは停滞してしまったと著者は嘆く。また、イノベーションを消費者に押しつけることはできない。結果的に有害なものが生まれるおそれもあるのがやっかいで、人類の幸福に貢献するためには、時短、省コスト、あるいは省エネというかたちで個人の役に立たなくてはならない。
とりわけ興味深いのは、イノベーションは「みんな口先では支持しているのに、ひどく不人気」という指摘だ。イノベーションが仕事を消滅させるという不安は、産業革命の時代に始まり、いまなお消え去ることはない。著者はデータを示して、その不安が不合理であることを訴える。しかし著者が激しく噛みつくのは、政府や既得権者による妨害である。イノベーションはボトムアップ現象なのに、政府が既得権者と共謀して上から押さえつけている例があまりに多い。その事態を悪化させるのが知的財産権という法律によるイノベーションの抑制だ。歴史的にも多くのイノベーターが特許争いで時間と労力をむだにしてきたのに、その轍が現在もなお踏まれ続けていると著者は憤る。
そして合理的楽観主義者であるリドレーが、最終章でめずらしく少し悲観的になっている。イノベーションには「自由」と「失敗」が必要なのに、それを許さない不寛容で硬直した世界になりつつあることを危惧しているのだ。そのような社会でイノベーションは起こりにくく、繁栄は望めない。そしてこの危惧が深刻さを増す事態に、いま私たちは直面している。コロナ禍という未曾有の事態に対して、著者は最新の考えを「特別追記」に綴っている。危惧していたとおりイノベーション不足のために困難に見舞われている局面もあるが、最新のデジタル技術がおおいに役立っている状況もあり、イノベーションの価値をあらためて痛感すると訴える。そしてより多くのイノベーションを喚起するための提案もしている。つねに合理的で前向きな著者らしい態度だ。
先の見えない状況だからよけいに、私たちは本書で解き明かされているイノベーションの力を信じ、それを促し実現する仕組み、制度、あるいは社会風土を目指すべきだろう。「イノベーションが起こるのは、アイデアが出会ってつがうことができるとき、実験が奨励されるとき、人と物が自由に動けるとき」であることを肝に銘じて。
私がリドレーの著作を訳すのは『繁栄』と『進化は万能である』の共訳に続いて3作目である。毎度のことながら多岐にわたる題材は訳者泣かせで、今回はひとりで全訳を引き受けたことを後悔することもあった。それでも、わかりやすい文章と引き込まれる内容のおかげで、ときに楽しみながら仕事ができた。
2021年2月 訳者 大田直子