この『アニメーションの女王たち』は、ディズニー・アニメーションの中で、アートに脚本にと活躍してきたにも関わらず、エンドクレジットにも表記されず、伝記などにも存在がほとんど残されていない、女性アーティストを焦点に当てた一冊である。
その立ち上げの時期、最初の女性の参画からはじまって、『アナと雪の女王』までを通して、ディズニーと女性アーティストの関係性は一直線に成長してきたわけではない。平等の観点からいうと、今はディズニーが立ち上げの20世紀初頭からするとよくなったといえる。しかし、その歴史の中には多くの差別があり、一度女性の活躍が増えたと思っても、第二次世界大戦やウォルトの死による女性参画の後退など、大きな波があったのだということが本書を読むとよくわかる。
ピーターパンに101匹ワンちゃんに美女と野獣に……これまで当たり前のように見てきたディズニーのアニメーション作品の中に、存在しないかのように扱われてきた女性がどのように関わってきたのかを知れば、作品をフレッシュな目線で思い返すこともできるだろう。立ち上げ時期の女性アーティストは亡くなってしまっているので、2015年に開始された調査は難航したと著者は語るが、本書には生き生きとした筆致で1930年代〜70年代のディズニーが描き出されている。
ストーリー部門に配属された女性
最初に取り上げられる女性は、ビアンカ・マジョーリーという1900年生まれの女性だ。油絵や美術解剖学を学び、ヨーロッパ各地でファッションの仕事についていたが、1934年、映画館でディズニーの短篇アニメーションを見たことで感動し、高校時代の知人であったウォルトに自分の漫画を同封した手紙を送ることになる。
彼女たちは手紙のやりとりを続け、最終的にビアンカはディズニーに採用されることになるのだが、当時女性といえば仕上げ係にしかいなかったのが、異例のストーリーアーティストの部門での採用となった。入社当時の1936年は、初の長篇アニメーション映画である『白雪姫』に着手していた時代で、ビアンカは短篇『子ぞうのエルマー』やその後継作といえる『ダンボ』などの作品に関わっていくことになる。
差別的な状況
ビアンカがストーリー部門に入ったのは例外的な事象であり、当時のスタジオでは、応募した女性全員に「カートゥーン制作にかかわるクリエイティブな作業は、若い男性社員の仕事と決まっていますので、女性社員が行うことはありません」という断り状が存在していた。ビアンカの次にストーリー部門に入社する女性は、20代前半のグレイスという女性だったが、彼女もウォルトとの面接では「優秀なストーリー部門を育てるには何年もかかる。仮にそうやって育てられたとしても、結婚してやめてしまえば、教育の成果も無駄になる」と脅しをかけられている。
当時の差別的な状況を伝える逸話も多数紹介されている。たとえば、大勢でシナリオの検討をする会議に、グレイスが入ろうとしたところ、関係者以外入れません、女性はシナリオ会議には入れません(女性が脚本家であるはずがない)と警備員に押し返された話とか。男性スタッフが名前を呼んだり口笛を吹いたりしてからかってくるとか、生きた豚がグレイスの机のつっこまれているとか、恋愛的なからかいとか。とはいえ、ウォルトは当時にしては積極的に女性を採用していて、ビアンカとグレイス二人の活躍におされる形で、3人目の脚本家ドロシーが入社する。
50人以上在籍するストーリー部門の中でわずか3人の女性の成し遂げた功績は少ないと思うかもしれないが、ビアンカは『ピノッキオの冒険』の脚本において、原作では悪童であるピノキオをどうにかして魅力的にしようと、人形が生命を欲する理由、「生きる理由」について深堀し、女緒的な奥行きを加え、さらには『子ぞうのエルマー』の脚本経験を生かして、『ダンボ』でシンプルで美しい脚本を書いた。ドロシーは『白雪姫』で無駄を削ぎ落とし大きな貢献をはたし、ピーターパンにおいてはティンカーベルの生意気で女性的な造詣に影響を与えた。そうした活躍をしているのに、当時女性の名が作品にクレジットされることはほとんどなかったのだ。
大きな波
その後、順調といえば順調に女性が増え始め、1940年頃には、スタジオの全従業員1023人のうち308人が女性で、この数字は当時のアメリカ大半の企業よりも多かった。ただ、そのまま増え続けたわけではない。スタジオの従業員は過剰労働に加え給与が少なかったことから1941年には1000人規模のストライキが発生し、賃上げを要求。
だが、スタジオにも余裕があるわけではなく、アニメのヒットに恵まれず、しかも第二次世界大戦の苦境で財政難に陥っていたことから、要求にたえきれずに1200人もの人員が一時解雇された。その中にはシナリオ・ディレクターだったシルヴィアやビアンカも含まれている。当時の労働運動はかなり大規模かつ長期的なもので、痛みも大きかった。賃上げ要求がなされるのだが、根本的にカネがないので、結果として賃上げの代わりに従業員が解雇されてしまう。『双方が譲らず、交渉が熾烈を極めた7月下旬、事態は大詰めを迎えた。7月29日月曜日、社員全員が昇給し、シルヴィアの週給も120ドルに跳ね上がった。この幸運はいっときのことで、数日後にはスタジオの半分近くのスタッフがレイオフされた。今回はシルヴィアが戻ることはなかった』
当時の人の感情からすると失業は悲劇的だが、これが起こらなかったとする=金がないから金をもらえなくてもしょうがないよな、と受け入れてしまうと、低賃金で酷使され続ける日本のアニメ会社になってしまうのだろう。このへんの、ディズニーを中心としたアニメ界隈の労働問題については『ミッキーマウスのストライキ!–アメリカアニメ労働運動100年史』に詳しい。
財政難に伴う大規模なレイオフ、コピー機の登場による仕上げ部門の削減、アニメーション部門の儲からなさ、ウォルトがアニメーションよりもディズニーランドなど別方面への興味を持ってしまったなどいくつもの理由が重なり、一時期は4割近くにまでいた女性の割合が1975年には1割にまで落ちてしまう──。もちろん、その後ディズニーはピクサーとの統合を経て大きく躍進をしていくのだが、そのへんは本書を実際に読んで確かめてみてもらいたい。
おわりに
この記事ではまったく触れていないが、本書の主要な登場人物の一人にメアリー・ブレアという優れた女性アーティストがいる。彼女は主にスタジオではコンセプト・アーティストとして活動、印象的なアート作品を数多く残し、『シンデレラ』『不思議の国のアリス』『ピーター・パン』『眠れる森の美女』の色彩設計など作品の根幹にあたる部分に大きな影響を与えた。
彼女をウォルトは強く買っていて、彼女がスタジオを退職した後も、自分のアニメとは関係のないプロジェクトで幾度も仕事を依頼していたぐらいだ。そして、メアリーのイメージは今なおディズニーに残っていて、現代のディズニーにもその影響を受けているものがいる。たとえば、『アナと雪の女王』もそうやってメアリーの影響を受けたアーティストの作品のひとつだ。
メアリーはディズニーの女性アーティストの中でも知られている方の一人だが、たとえ作品にクレジットされておらず、世間的に名前が知られていなくても、やはり彼女たちもディズニーの歴史・文化の中に確かに息づいている。そう実感させてくれる一冊だった。おすすめ!