先週末にお届けした『ダチョウ力』の塚本先生のインタビューの続きです。何しろ三連休の最終日の夜です。誰も読んでくれないかも知れませんし、読むと明日仕事に行きたくなくなるかも知れません。でもアップします。『ダチョウ力』はその後amazonでの新刊は在庫切れとなってしまいましたが、他のネット書店やリアル書店では購入可能なはずです。インタビューと共に、ぜひとも本を読むことをおすすめいたします。
「じゃああっちへ行きましょう。美人ぞろい、特別いいコたちばかりです」と塚本先生に妙な誘われ方で向かった先は、メスばかりがいる建物。
塚本「ダチョウたちは繁殖期の状態にあるんで、ほら、簡単に上に乗れるんですよ」
塚本「あー、幸せ。私はこうやってダチョウの後頭部見てるのが、一番の幸せなんです」
土屋「はあ」
塚本「土屋さんもやってみません?」
土屋「じゃあ……」
なんだかじんわりと込み上げてくるものがある。
たしかにこのうぶ毛には、人の情感に作用する何かがある。
土屋 これは、相当に幸せですね。ずっとこうしててもいいですか。
塚本 「……」
ちなみに「ダチョウにはめちゃくちゃモテる」足立くんがそばに寄ると、美人ぞろいのダチョウのメスたちが次々に受け入れ態勢に。そんな彼の魅力をいかに人間のメスに伝えるかが、塚本研究室の今後の大きな課題と思われる。
この建物では、抗原を注射されたダチョウたちから卵を採取し、抗体が作られている。
ここで少し真面目な解説を。人間の免疫システムの最前線で、直接的にウイルスや細菌を攻撃し、体を守ってくれるのが抗体だ。ウイルスなどの抗原をダチョウに注射すると、抗体が作られるとともに、ヒナを病原体から守るべく、血液から卵黄へと抗体は移行するので、そこから抗体を精製できる。
注目すべきは、ダチョウの卵がデカイ、ということ。1.5kg~2kg(鶏卵の25~30倍)があり、1個の卵黄から約4gの高純度な卵黄抗体(IgY)が精製できる。1羽のダチョウから半年で400gの高純度抗体の精製が可能で、例えばこれまで行われてきたウサギの血液から精製する方法で作られる抗体と比べると、一匹のダチョウが半年でウサギ800匹分の抗体を生み出す。しかもダチョウの寿命は約60年で、土地さえあれば飼育も難しくない(オーストリッチ神戸のダチョウは、食品工場から産廃として出る、もやしやおからで育っている)。
一羽のメスのダチョウはまさに「抗体工場」。これまでに比べ格段に安く抗体を大量生産できるようになったのだ。
そこで塚本先生は大学発ベンチャー企業「オーストリッチファーマ」を設立し、まずは従来の季節性インフルエンザ(Aソ連型・A香港型・B型)および新型インフルエンザ(A/H1N1)、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)に対するダチョウ抗体を塗布したマスクなどを開発(それが塚本先生インタビューその1の冒頭でも紹介した「文部大臣賞」を受賞した)。しかもサルモネラ菌、ポックスウイルス、ノロウイルスなどに対する高感度抗体の大量作製に成功しており、また、肺がんの診断薬、患者に投与する抗体医薬の生産の可能性もある。加えてダチョウから生まれた抗体は品質も均一でしかも熱耐性も高い。高温で対ウイルス無害化活性を保てれば、さまざまな加工や工業的な用途での活用が期待できるのだ。
と、ここでインタビュー、スタートです。
ーーダチョウ抗体にはすごい可能性がありますね!(と明るく語りかける)
塚本 いやぁ。もうあんまり興味ないんですよね。
ーーえっ(絶句)。
塚本 ダチョウを眺めているうちに、何かしなきゃいけなくて、無理やり考え出したような研究ですからね。あんまり執着はないんです。もともと動機は、ただダチョウを飼いたいってだけで。小学校のときも鳥を飼っていて、実は低学年のときはほとんど学校行ってないんですよ。
ーーずっと家で鳥の世話をしていた?
塚本 そうそう。そのうち巨大な鳥が飼いたくなって、私は30歳のときから5年間、ここでただダチョウを見て過ごしました。まあ一応私なりにテーマはあったんですよ。それはダチョウの行動パターンを解き明かしたい、ということ。でも5年間観察して出た結論は、ヤツらは何も考えていない、ということでした。
ーーはあ。ボスがいて群れとしてある種のパターンで動いたりしないんですか?
塚本 確かに「強い」「弱い」はあって、強いダチョウが弱いダチョウの毛を抜いていじめたりするんですが AがBより強くて、BがCより強いけど、なぜかCがAより強かったりする。なんだかジャンケンみたいでもうよくわかりません。
移動するのも、誰かが走りだすと一緒に走り出す。走れなくなれば止まって向きを変える。まあそんな感じ。つるつるの小さな脳味噌で、基本的に何も考えてないことが、5年間かけてわかった。(急に力の入った声で)あなた、30歳の若い研究者にとって、5年という時間がどれほど貴重なものかわかりますか!(と徐々に興奮)、それが彼らは何にも考えていなかったですよ! 若々しい頭脳と体力に溢れた、私のあの大切な5年間を返してほしい!
ーーまあ、落ち着いて下さい。でもそれで結果的にすごい研究が成就したのですから良かったんじゃないですか?
塚本 いや、でもあんまり興味ないです。
ーーじゃあ今は何にご興味が?
塚本 例えば、ダチョウがバサバサと羽を動かすと、白い粉がふわぁーっと舞い上がるんですけど、あれ、もしかしたら、ものごっつええ粉かも知れん、と思うんです。保湿成分とかあって、化粧品に混ぜて売ったりすれば……。
ーーはあ。そうですか。そういえば、先生はDrツカモトの醤油ぢからとか、納豆ぢからとか、商品の開発にもかかわっていますよね。
塚本 いやー焼肉チェーンでの集団食中毒のせいもあって、醤油ぢから、今売り切れでね。もっと生産してけばよかったんですけど、一回増産すると2000個出来ちゃうんで判断が難しい。若い頃も「たにろく」(※大阪の谷町六丁目)あたりのおっちゃんたちをだまくらかして、◯◯茶とか開発してましたよ。まずくて腹こわすような味でしたが。そういう風にして研究費を自分で調達してたんですよ。いやー、それにしてもまずかったな、あのお茶。
こう書くと、商売っ気たっぷりなように読めるかも知れないが、インタビューをしていてそういう印象はまったく受けなかった。それどころか、私は塚本先生のすごさをヒシヒシと感じた。
まず、まだ研究者としてスタートしたばかりの若い頃から、自力で研究費を獲得していたこと。実は塚本先生には師匠と呼べるような人はいないという。徒弟制度が根強く残る大学という世界で、「師匠」の導きなしに自力で金を得て研究し、そこで結果を出し、まだ40歳代になったばかりで、一切コネもつてもない大学で教授になっているのだから、その実力は計り知れない。
またダチョウ研究の成果を、すぐに商品として社会に出していることにも大きな意味がある。あんなふざけた感じの先生だが、ダチョウ抗体を医療現場で活用してもらったり、さらには実はがんの検査薬や治療方法を確立して、現代医療に貢献したい、という思いも強く持っている。しかし、研究成果を新薬として社会に出そうとすると、厚生省の極めて複雑で、奇っ怪な新薬承認制度が立ちはだかる。認可のために莫大な労力を費やし、社会に役立つ研究成果が仮死状態となって長く寝かされるなら、一般的な商品として即社会に還元してゆこうという意識があるのだ。あのテキトーそうな風貌に、独立心や反骨心を強く感じ、ともにダチョウの後頭部を眺めつつ、熱い共感が湧き出し、同時に少し身が引きしまる思いがした。
インタビューに戻る。
塚本 でも、一番興味あるのは、ダチョウの「めっちゃうまい液」です。
ーーへっ?
塚本 まだこの牧場に通い始めたばかりの頃、ダチョウを取り押さえているとき、ダチョウが暴れてね。そのとき口の中に何かダチョウの体液が入ってきたんですよ。それがものごっつうまかった。甘酸っぱくて、旨みがあって、もうなんともいえず、美味しいんですよ。それでダチョウを解剖したときに、もうダチョウのあらゆる体液を舐めてみたんですけど、そんな味のものはなかった。
ーーはは、あらゆる体液、生で、全部、舐めたんですか。
塚本 (平然と)ええ。それで何か気のせいかもと思って、そのまま忘れていたんですが、実は最近、同じようなシチュエーションで、まったく同じ経験をしたんです! もう本当にめっちゃうまい。甘酸っぱくて……(と夢見心地の顔)。今の課題はそれを突き止めること。その液を使って、もうどんなまずいものにかけても全部おいしくなる魔法の調味料とかできるかも知れないです。これは誰にも言いたくない秘密ですけど、私の今の最大のテーマです。
ーーでも良いんですか。ウェブに出ちゃいますけど。それにこれを読んだら、足立くんにも知られて、研究を取られてしまうかもしれませんよ。
塚本 足立くんは大丈夫、もうすぐ交通事故で……(以下自主規制)。
というわけで、かなりぶっ飛んだ、塚本先生のインタビュー。最後にどんな本が好きか、とHONZらしい質問をする。
塚本 いや私、注意力が続かなくて長い本とか読めないんですよ。テレビや映画も途中で登場人物がわからなくなっちゃう。そんなんですから、あんまり読んでいないんです。まあ、一冊挙げるなら、矢沢永吉の『成り上がり』ですかね。あっ、なりげさん(HONZ代表・成毛のこと)の本も読みましたよ。ほんと面白かったですねぇ。いい本です。
ーー「なるけ」も今日、本当に来たいと言っていたのですが……。
塚本 いやー、なりげさん、会いたかったなぁ。
――はい、「なるけ」に伝えておきます。
塚本 いや、ほんとに。なりげさんによろしくお伝え下さい!
と、われらが代表が永ちゃんと同等の評価を得たところで、おしまいです。
……と思ったが、先生の話ばかりじゃフェアじゃない。最後に足立くんをつかまえて塚本先生のことをどう思っているのか聞いてみた。
足立 先生には、末永い、ご活躍を、期待しております(棒読み&死んだ目)
足立くんのまったく笑っていない目を見て、交通事故でどうにかなるのはもしかして塚本先生なのではないか、と思いつつ、ダチョウ牧場を後にしたのである。
さらにおまけ。
実は、つい最近、塚本先生からメールが届いたので、ここにちょっと引用します。
足立君は今、インドネシアのジャカルタの密林で鳥インフルエンザの現地調査中です。
良い結果が出れば、その後で毒蛇にでも噛まれて死んでしまえば良いのですが・・。
なかなかしぶとい奴でして、北の空をみても、今のところ、”あの星(しちょう星:北斗の拳より)”は見えないそうです。
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P.S. さらに公開日にまたメールが。なんと
土屋さんにお会いしてから、読書にはまってしまいました。だいたい、一日に3冊読んでますね。
とのこと! 塚本先生も本好きウイルスに感染してしまった模様です。
我々HONZの面々も、本代がかさんで、生活が苦しくなり、大変困っています。是非ともこのウイルスの抗体をダチョウから作っていただきたいものです。