国道16号線は、神奈川県の三浦半島から千葉県の房総半島まで、首都圏を中心にぐるりと環状に結ぶ道路だ。
私が卒業した多摩美術大学は神奈川の橋本駅と東京の八王子駅の間の鑓水にある。16号線沿いで、養蚕が栄えた場所でもある。1960年代、学生運動が激しかった大学を都市部から引きはがす目的で東京の郊外へ移転させたと本書にはある。そのとき都心から通える距離として選ばれたのが多摩から八王子にかけての東京西部だった。
同様に主要な美大である武蔵野美術大学・女子美術大学・東京造形大学も存在する。そんな土壌は、いわゆる田舎と都会のはざまにある、少しむずがゆい場所だった。
23区内と違い、これらの場所は山や丘、湿地も多く、本書でいうマイルドヤンキーと呼ばれる人たちも多数存在し、郊外に住むこのイメージは映画「跳んで埼玉」の風景と重なる。
著者は恩師である慶応義塾大学・岸由二名誉教授の「流域思考」をベースに、16号線を長年調査した結果をまとめた。日本には約1万4000の一級河川があり、あらゆる土地はどこかの流域に属している。旧石器時代以来、山と谷と湿原と水辺がセットとなった小流域の地形は、文化が発展する礎となった。貝塚や古城は16号線上に無数に存在し、大陸プレートなど地質学の観点や気候条件などあらゆる要因が偶然に重なった国道16号線こそ、日本の文化を創った道ではないか―というのが著者の仮説である。
たしかに矢沢永吉やユーミンなどミュージシャンも、六本木や赤坂など都心ではなく茅ケ崎や三浦岬など郊外への情景を思わせる歌を歌っている。単純にこれらの流域が都心への憧れを誘発するというよりは、言葉にできない何かを表現したいのに最適な景色なのではないか。
実際に何かを吐きだしたくなるのか、多くの芸術家や音楽家を輩出しているのは事実であり、本書を読むことは多面的な視座を得るキッカケとなる。
※信濃毎日新聞 2020年12月12日号より転載
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