2017年4月から翌年2月まで、私はほぼ毎月、神奈川県の自宅から亀戸まで、東京都を縦断して「玉川奈々福がたずねる語り芸パースペクティブ」という勉強会に通っていた。
主催者は玉川奈々福。日本にはなぜこんなに多種多様な「語り芸」があるのだろうという疑問のもと、演者や研究者など各方面の第一人者を招き、実演とトーク、および考察をするという壮大な勉強会だった。
20世紀の終わりごろ、私は網野善彦さんの著作から小沢昭一さんの放浪芸シリーズにドはまりした。その続きを知りたいと奈々福さんのこの企画を知り、すぐに応募したのだった。
定員は50人くらいだったろうか。年間3万円のこの勉強会は募集即日完売というすごい人気で、毎回毎回、楽しくて仕方なかったのだ。(奈々福さんの事務所からダイジェスト動画がYoutubeに上がっている。興味のある方は一度見てみてください。
浪曲というものは知っていた。私の子どもの頃は、まだそこらのおじいさんたちが「なにがなにしてなんとやら~」と口ずさんでいた時代だ。テレビでは村田英雄や三波春夫がスターだった。好き嫌いに関係なく、耳に入ってくるものだった。
それがいつしかテレビにくぎ付けになり、大衆芸能を見ることがなくなった。小沢昭一さんのCDやDVDを見て、もっときちんと知りたいと思ったときはもう30歳を過ぎていた。
長い前書きになってしまったが、私にとっての奈々福さんは浪曲師であり、大衆芸能の探究者である。奈々福さんの浪曲を聞いたのはまだ10回に満たないので、ファンです、というのもはばかられる。
その奈々福さんが初めて書いた本は、まあ、面白かった。まずは聞くべき浪曲の数々を丁寧に解説していく。一曲ずつYoutubeで見てしまうので結構時間がかかるけど、なるほどこれは面白い。耳にしたことのあるフレーズや節回しがたくさんあるのに少し驚く。
第二章、第三章は「玉川奈々福ができるまで」大学を出て出版社の編集者となった美穂子さんが、どうして浪花節一本で生きることになったのか。まことに人生は面白い。
第四章は奈々福さんを導いた恩師たち。浪曲師とはどんな人で、楽屋での様子やら、弟子への扱いやら。他の大衆芸能と違うのは、女性が多いということだ。三味線を弾く曲師は女性も多いから、きちんと敬意が払われている。貪欲に教えを乞う奈々福さんは、とても可愛がられていたようだ。
特に現在、奈々福さんの三味線をもっとも弾いている沢村豊子師匠との師弟関係は他に例を見ないだろう。なにしろ奈々福さんの家の居心地がいいから、と「住み込まれ修業」をされたのだから。
そして第五章では、最初の「語り芸パースペクティブ」と、浪曲の「今」に繋がっていく。
浪花節に一生を賭けてしまった女一匹の半生記。これから何が飛び出すかわからない発展途上の芸人さんなのだ。新型コロナ禍は、舞台の人間にも大きなダメージを与えている。ただ、この自粛期間がこの本を書く時間を与えてくれたのだと思えば、奈々福さんにとっても有意義な時間だったのだと思う。
なにはともあれ、一度聞いてみてください。面白いんだから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なにはともあれ、いっかい聞いてみてください。