本書は、世界的ベストセラーとなった3部作『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21Lessons』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリが、本年3〜4月、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが最初のピークを迎えていた中で発表した見解をまとめたものだ。
前半は米国の『タイム』誌、英国のフィナンシャル・タイムズ紙、ザ・ガーディアン紙への寄稿で構成され、後半はNHKのETV特集でのインタビューを基にしている。
ハラリは7月に書かれた序文の中で、国際協力の必要性、グローバルなリーダーシップの欠如、民衆扇動家や独裁者の危険性、監視テクノロジーの脅威を、3月時点よりも一層強く感じると訴えている。そしてこうした混乱の原因は、次のような2つの「誤った二者択一の問題設定」にあるのだという。
まず1つ目は、「プライバシーか健康か?」という問いだ。中国のような全体主義的な監視体制を打ち立てなくても、国民の知る権利を拡大することで、われわれは自らの健康を守れるはずなのである。
もう1つは、「グローバリズムかナショナリズムか?」という問いだ。脱グローバル化や自国ファーストを唱えて国家間の対立を煽(あお)るポピュリスト指導者に決定を委ねていたら、パンデミックや地球温暖化のようなグローバルな問題は解決できない。
ハラリは、人類が今直面している最大の危険は、ウイルスそのものではなく、われわれが内に抱えた憎悪と強欲と無知であると言う。しかし、憎悪と強欲と無知の代わりに、思いやりや気前のよさ、叡智(えいち)を生み出すような対応をするという選択肢も、まだ残されているはずだ。ハラリによると、その選択肢を取るために必要なのは「信頼」である。
監視テクノロジーを新型コロナ対策に生かすには、それを使う政権や機関を国民が信頼できなければならない。また、偽情報やいい加減な言説に惑わされず合理的な見方をするためには、科学への信頼も重要だ。
そして、危機に乗じて無責任な行動を取る政治家たちにつけ込まれないためには、根拠のない陰謀論などではなく、科学的なデータや、医療の専門家の言葉を信じるべきだともいう。
この危機がどのような結末を迎えるかは、われわれの選択にかかっている。コロナ後の世界のあり方は、これからわれわれ自身が下すであろう、さまざまな決定にかかっているのだ。歴史の行方を決めるのはウイルスではなく人間だということを、自覚しなければならない。
もし偏狭なナショナリズムによって孤立主義を選び、科学ではなく陰謀論を信じるのであれば、それは歴史に残る大惨事を招くことにもなりかねない。逆に、賢明で思いやりに満ちた決定を重ねていくならば、この危機から抜け出し、よりよい世界を生み出していくことができるはずである。
そのような社会が実現した暁に何をするべきなのか? ハラリは、それこそが、この問題の本当の核心なのだと言う。そして、今のわれわれにとっては、自らの死、脆弱さ、はかなさと正面から向き合い、生の意義を考えることが最も大切なのだと結んでいる。
※週刊東洋経済 2020年11月28日号