本書は東京の自分に問いかける。地方の原発で作り出される電気を頼りに生きる自分の生活を、果たしてどこまで理解しているのだろうか。
本書『白い土地』は、新聞記者である著者が福島県に拠点を置き、そこに生き抜く人々に焦点をあてた人物ルポタージュである。「白い土地」とは、《白地》と呼ばれる「帰還困難区域」の中でも「特定復興再生拠点区域」に含まれない土地を指す。2017年、政府は「特定復興再生拠点区域」での積極的に除染作業を行い、2023年までに避難指示を解除する方針を打ち出した。一方で《白地》では将来住民の居住の見通しが立たない。著者は《白地》に通い続けた。
原子力行政の失敗によって「還れない」とされた土地にはかつて、どのような歴史や文化があったのか。その周辺では今、どのような人々がいかなる感情を抱いて生きているのか。
著者は前書『五色の虹』で、旧満州の最高学府「満州建国大学」の卒業生をインタビューしてまとめている。日本の敗戦により過酷な人生を歩んだ卒業生に対して、著者は「人生とは何か」「生きるとは何か」と問いかける。私は前書で心を鷲掴みにされ揺すぶられた感覚を未だに忘れられない。
本書においてもその取材力は健在である。なぜ著者の取材はこれほど心に訴えるものがあるのだろうか。いつも「残さなきゃいけない」「伝えなきゃいけない」と苦しいほどの切迫感を感じる。
印象的なエピソードがあった。著者は浪江町長の馬場有に希望して福島に赴任した理由を話している。震災当時、著者は「原発記者」だった。新潟県中越沖地震をきっかけに徹底して原発の取材を繰り返した著者が確信したこと、それは「日本の原発は多重防護で守られており、いかなる震災においても安全である」という「安全神話」だった。3月12日に東京から福島に入るも、直後に福島から離れた。その後ろめたさをずっと抱きながら生きてきたという。
著者の福島での経験は深みを帯びていく。半年間の新聞配達、浪江町長から遺言を受け取り、安倍晋三元首相の福島視察に潜り込み、質問を投げかける。
「ここ福島でオリンピックが開かれます。安倍総理はオリンピックを誘致する際、第一原発は『アンダーコントロールだ』と言いました。今でも『アンダーコントロール』だとお考えでしょうか」
「福島については私から保証いたします。状況は『アンダーコントロール』です。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」
この「アンダーコントロール」という言葉が、どんな残酷な嘘を孕み、現実を歪め、何を見えなくさせているのか。福島で「本当のことが言えない」元凶。政府はそれを自覚しているのか。著者の危機感は募る。
福島は現在進行形であることを強く訴える。「復興五輪」なんて冗談じゃない。福島住民に対する「侮辱」。この文字を本書で見つけた時に、すごく胸が痛かった。私の無関心が、被災地の住民に対する国の侮辱に加担している。
ノンフィクションを手に取らない人にも伝わってほしい。じゃないと、現地の人々の無念が晴らせない。国や東電の思い通りにならないように。巨大組織に飲み込まれないように。メディアが視聴者の見たいものばかりを報道しないように。現実から目を背けないように。
満州建国大学を卒業したスーパーエリートたちの個人史。血の通う近代史。胸が熱くなります。レビューはこちら。
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