日本ではあまり知られてないが、マサチューセッツ工科大学(MIT)ではSTEM教育だけでなく、人文学や芸術科目にも力が入れられている。なかでも音楽科目の人気は高く、この10年でその比重が増してきているという。本書は、その授業内容を関係者へのインタビューを交えた現地取材でまとめた、非常に興味深い一冊である。
著者は、豊富な取材経験をもつ音楽ジャーナリストである。MITの音楽授業は、その著者すら唸らせる驚くべき質の高さだ。芸術系の大学と違い多様な音楽的資質を持つ学生に対して、なぜそのような教育ができるのか。STEMと結びつき、世界最高峰の「創造する力」を生みだす音楽教育がどんなものかを知りたい方は、ぜひ読んでもらいたい。
打ち明けると、当初私は日本の大学の「一般教養科目」のような位置づけなのだろう、と予想していた。しかし違った。78%の学生が「もの創り」精神に共感してMITに入学しており、その前提としての「人間理解」の重要性を強く認識しているようなのだ。だから、芸術に対しても自ずと能動的になる。本書より、音楽学科長の言葉を引用したい。
多くのエンジニアが、創造的な問題解決者となるには、アートや人文学の経験が必要であることを認識していると思います。それに、テクノロジーや科学的発達が直面している問題の多くは、人間性への理解や関心の欠如など、エンジニア以外の領域で起きていることが関わっています。(キーリル・マカンMIT音楽学科長) ~本書第1章より
どうでもいいことだが、本書に掲載されているマカン先生の笑顔がすごく爽やかだ。ものを創ることを目指してMITを選んだ学生たちを先生が誇りに思う、という好循環が働いているようだ。今やSTEMにARTを加えて「STEAM」と言われるようになったが、先駆けてそれを体現したMITの存在自体が「意味あるメッセージだ」と著者は書いている。
なぜ「科学」と「音楽」が共に学ばれているか、第1章で読み解いたのち、いよいよカリキュラムの説明に入る。「創造者」としてこの世界に関わるときに大切な「人間を知る・感じる」「しくみを知る・創る」「新しい関わり方を探求する」「他者・他文化・他分野と融合する」という、4つの観点でまとめられている。
この第2~5章が専門ジャーナリストの著者ならではの読みどころだ。授業では、どのような楽曲を用いて何を問うのか、どのような議論の場を用意し何を評価しているのか、などその手法を具体的に解説している。私にとって、とくに面白かったのが「西洋音楽史入門」と「ワールドミュージック入門」だった。
「西洋音楽史入門」は、いわば縦糸である。「ワールドミュージック入門」は横糸(地理)ということになるだろう。インドネシアのガムランやセネガルのサバールドラムについて学ぶ。その授業に始まりには、自身の音楽的なルーツを振り返るのだという。私ならさしずめ、母親が奏でる箏の音、ということになるのだろうか。
自分を知り、世界を知り、多様性を感じることは「人間理解」につながる。ワインが産地の気候や歴史の影響を受けるように、自他のアイデンティティを五感で感じる教材となる。実際の演奏を聴きながら、歴史(縦糸)と地理(横糸)がほぐして音楽の「いま・ここ」が見るという寸法なのだ。この点について、最終章にある著者の言葉を引用したい。
創造に向かう、その端緒となるのは「いま・ここ」である。
創造とは、過去に学んだ上で過去にはない未来を創り出すことである。過去から今まで続いてきたストーリーの延長ではなく、今を起点とした未来。
過去にあったもの、所有していたものは、本当に大事なものなのか?手放していいものなのは何か?未来に残すべきものは何なのか?それは誰のため、何のため? ~本書第7章より
ここで、私は大きくヒザを打った。「いま・ここ」をおさえておくのは大前提だが、本気で未来を創造しようとするなら、今まで続いてきたストーリーの延長線上ではなく、今を起点として考えなければいけないのだ。いまゼロから作るとしたら何か、という発想である。
糸をほぐして、古くなったものを見出して、捨てる覚悟が必要だ。それは、創造する者の内面の闘いなのだろう。音楽教育を通して、このような闘いのあり方を学ぶことによって、MITを巣立った人々の多くが真に創造者たりえたのではないだろうか。
音楽学科でもっとも古い科目が「MITシンフォニーオーケストラ」だという。前身となるMITテックオーケストラの結成は、実に1884年というから驚きだ。メンバーはさまざまな学部・学科に属しており、多岐にわたる世界観や文化性が反映された音楽を身体全体で理解し、共に奏でることを学んでいる。
他にも、パソコンを使って音楽を体験するラップトップアンサンブルなど、新たな試みも始まっている。いずれ劣らぬ魅力的な授業内容だが、そこで使用されている曲が本書にはプレイリストとしてまとめられているので、その気になれば実際に耳を傾けながら体感することができる。音楽好きには、たまらないだろう。
最後の2章は、本書の主張の核心であり、著者のまとめだ。第6章は「未来を生きる世代に必要なこと」、第7章は「音楽と創造の接点」について、取材を通して分かったことをそれぞれ4つの切り口でまとめている。MITの創造の秘密を知りたい、という方には読み応え満点だと思う。ここで、第6章からMITメディアラボ副所長の言葉を引用したい。
私自身、ニコラス・ネグロポンテとアラン・ケイにヘッドハンティングされた当初(1994年)、高くそびえる山を登らなければならない、と思っていました。
しかしそれは完全に間違いでした。MITでは自分自身がゼロから山を造り、頂点を征服し、次に続く人々を招き入れること。それが生き残る唯一の道だったのです。(石井裕 MITメディアラボ副所長) ~本書第6章より
何とも、爽やかな言葉ではないか!これに続き彼は、テクノロジーは廃れるが真のビジョンは永続する、ということを言っている。MITの人々の爽やかな言葉や笑顔から、私は創造者としての気概を感じた。そこには、自身の狭いレガシー(ライクなもの)に捉われず、遠い人類の未来に責任を担うという自負が溢れている。