題名にちょっとクラクラ来てしまったが、サブタイトルにあるように地球と生命に関する正統の科学書である。メインテーマは宇宙に大量にある炭素原子で、我々の身体を作る大切な要素でもある。「交響曲第6番」というのは炭素が6番元素で、地球を初めとして壮大な物質世界の豊かさを担っているからだ。
炭素は「地球温暖化問題」でも重要な物質である。人類は産業革命以降、石炭や石油を大量に燃やして二酸化炭素を大気中に排出してきた。炭素の循環は地球環境の安定と気候変動の両方を司るので、実は一筋縄にはいかない。
炭素の起源は、宇宙が誕生した一三八億年前に遡る。「ビッグバン」と呼ばれる大爆発の直後に、陽子と中性子が激しく衝突して炭素原子が生まれた。その後の炭素は、四六億年前に誕生した地球の構成物質としても重要な役割を果たす。
つまり「交響曲第6番」と呼ぶにふさわしい変化に富む大地を産み出し、多様な生命を育んできたのが炭素なのだ。サブタイトルの通り、地球と生命の進化を導く大切な元素である。
著者はそうしたストーリーを古代ギリシアの哲学者アリストテレスの提唱した四元素「土」「空気」「火」「水」に因み、4章立てて炭素の美しい物語をリズミカルに紡ぐ。さながらベートーベンの交響曲第6番「田園」のイメージであろうか。
ここで評者の専門である地球科学から、炭素循環の基本を解説しておきたい。炭素の中でもおなじみの二酸化炭素の物語である。
地球が温暖化しているのは、「温室効果」の機能を持つ二酸化炭素が増えたからだという議論がある。大気中の二酸化炭素濃度は、地球内部での炭素の循環や、大気と海洋の間での炭素のやりとりなど、複雑な相互作用によって決まる。
人類の産業活動によって大量の二酸化炭素が放出されたことは確かだが、実は地球システム全体のなかでは、炭素が循環する方がはるかに影響は大きい。たとえば、地下深部のマントルに含まれている二酸化炭素は、大洋底の中央海嶺の火山活動によって海中へ放出される。つまり、マグマが大陸を貫いて地上に噴出し、二酸化炭素を大気中へ出してきた。
一方、大気と海水中に拡散した二酸化炭素は、生物が行う光合成によって有機物(有機炭素)となる。炭酸塩鉱物や有機炭素は海に運ばれて、海洋底に沈殿して堆積物となる。後にそれらが火山活動によってマグマとともに再び地表へ放出される。このように二酸化炭素は、大気・海洋・岩石の間を様々なプロセスを通じて循環している。くわしくは拙著『地球の歴史・上中下
合本』(中公新書)を参照していただきたい。
さて、二酸化炭素濃度の揺らぎは、地球上で起きる大小さまざまなイベントによって引き起こされる。たとえば、マントルの対流が活発化し地上に大量のマグマが噴出すると、二酸化炭素の供給が増えて長期的な温暖化に向かう。
その結果、大気中の二酸化炭素が海水に溶けはじめて、しだいに濃度が低下する。こうして、二酸化炭素の供給と消費の釣り合った平衡状態へふたたび戻っていく。
逆に、地球全体の火山活動が不活発になって二酸化炭素の放出が減ると、気候は寒冷化して「氷河時代」が到来する。すると、大気中の二酸化炭素濃度が上がり、いずれ長期的には温暖化へと向かう。
地球史をこうした長い時間軸で眺めると、現在の大気中の二酸化炭素濃度は、寒冷期にあたる非常に低い水準にある。したがって、いま世界中で問題にされている地球温暖化問題も、こうした「長尺の目」で見ると再び氷期に向かう途上での一時的な温暖化であることがわかる。
つい長々と講釈をしてしまったが、実は著者は評者と同じ地質学者で、世界中をまわって地層を調べながら地球内部の炭素を長年観測してきた。イタリア中部のナポリ近郊にある噴気口を訪れ、火山ガスが結晶化した美しい鉱物を詳細に観察する。
こうした研究だけでなく地球科学を一般市民に分かりやすく伝える名人でもあり、著書が和訳されている。なお、本書の翻訳は見事な日本語で、専門用語が頻出するのに最後まで飽きさせない。
炭素を含む化石燃料は、好むと好まざるにかかわらず産業と生活の双方に欠かせない。エネルギー確保と環境保全を探る際にも、本書は優れた入門書である。「炭素物語」という壮大な交響曲を楽しみながら、科学技術の最先端を学んでいただきたい。