フェルメールを歩きながら観るような企画展がまかり通っている。
正確にいうと新型コロナウイルス以前は、話題の企画展が開催されれば連日混雑していた。2018年に開催されたフェルメール展は産経新聞の一面に《牛乳を注ぐ女》の絵とその会期が掲載された。日本の企画展は新聞により大々的に宣伝され、1日平均6千人もの入場者を動員する。実際に足を運んでみると1日3千人という数字は、国立美術館の広さでも混んでいる印象を受ける。加えて人気の企画展などは最終日に近い土日だと1日1万人をこえる。そうなると入場するのに1~2時間はかかってしまう。
ところが1日あたりの入場者数は、ロンドンで発行される美術月刊誌「アート・ニュースペーパー」(2019.3.24)によると、1位『運慶展』・3位『ミュシャ展』・5位『草間彌生展』など10位までに3本がランクインする。日本の企画展における入場者数は世界でも特に多い。だが年間入場者数では10位にも満たない。これは企画展のみに新聞社やテレビ局が集中してプロモーションを強化し、人数を動員する結果を表している。
しかし世界基準からすると、新聞社やテレビ局が展覧会を主宰する国は極めて珍しいそうだ。それでも広告収入が激減している日本の新聞社にとっては、展示会が本業を補う収益事業と位置づけられている。
著者は美術展を20年ほど企画してきた人物だ。本書では企画展がなぜ混雑するのか、美術作品はどのようにして選ばれるのか、展覧会自体はどの程度売上があるのか、それらの事実を赤裸々に伝えている。また竹橋にある東京国立近代美術館のように、学芸員の企画水準が極めて高く本当に見逃せない企画展を開催するのは都内では1館のみとなってしまった、と著者は語る。
通常、国立美術館で話題になるような展覧会は3~5年前から準備をする。国立の美術館はそこに勤務する専門の研究員が中身をつくることが原則だ。そのためメディアが提案した企画をそのまま受け入れることはなく、その交渉をしながら制作は1~2年に及ぶ。ルーブル美術館展の作品ともなると、マスコミの事業部員としてはメインビジュアルとして話題となるような目玉作品が設置されるかどうかが気になるところだ。国立西洋美術館の研究員はルーブルからの作品貸し出しリストを見て丹念に研究し、別の作品をオーダーするなり、内外のほかの美術館の作品を加えようとする。
いずれにせよ新聞社やテレビ局は億単位の金を払い、「〇〇美術館展」を日本で開催する権利を持つ。こうした国立館がマスコミ主催の企画展を開催する場合、基本的に国立館が予算を出す必要はなく、すべてマスコミを中心とする主催者が負担する。作品をすべて海外から借りてきたら、輸送、保険、借用料、展示費用、宣伝、会場設営で経費は5億を超えてしまう。その他支出を合算すると、入場平均1500円単価では総経費をまかなうのにざっと57万人の来場者が必要となる。さらにチケットは特別展と常設展が閲覧可能のため、たとえば国立西洋美術館を例にとると常設展分の当日券1700円のうち、常設展の金額500円を国立館側はマスコミに請求する。
新聞やテレビが自社メディアで宣伝している企画展は、世界的にもトップ10に入る混雑の中で作品を見せられている。「立ち止まらず歩きながら絵画を見てください」と呼びかけられる鑑賞は本当に豊かな行為なのか。美術における鑑賞について、根本的に向きあうきっかけになる一冊だ。
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