昨年、国連の経済社会局は現在77億人の世界人口が2050年に97億人に達すると発表した。食糧も資源も底をつき現在の豊かな生活水準を維持することはとうてい不可能で、増えすぎた人類はさらに地球環境を破壊する恐れがある。
人間と地球環境の関係について、時をさかのぼってみよう。人が環境に対して影響を与え始めたのは、約1万年前からである。農耕と牧畜という新しい技術を得た結果、食料を効率的に確保できるようになった。これと同時に、原生林は焼き払われ、人間の支配域が加速度的に増えていったのだ。
それまでの地球上の生物は、与えられた環境の中に適応することしかできず、地球環境を変えることはほとんどなかった。ところが人類は、科学技術の力を借りて自ら周囲の環境を作りかえてきた。時代が下り20世紀後半になって人口が激増し始めると、この影響が無視できなくなってきたのである。
こうした危機が叫ばれ始めた1960年代に、非常にユニークな論陣を張った科学者がいる。地球は地球と生物が互いに関係しあう巨大な「生命体」で、今も進化し続けていると言う。
一世を風靡した「ガイア理論」だが、それを提唱したのが本書の著者ジェームズ・ラブロック(James Lovelock)である。1984年に出た単行本『地球生命圏―ガイアの科学』(工作舎)はベストセラーとなった。
著者は英国地質学会のウォラストン・メダルを受賞した世界的な生物物理学者で、2005年のプロスペクト誌では「100人の世界的知識人」に選ばれている。ちなみに、1919年生まれの彼は昨年100歳の誕生日を迎えたところだ。
さて、本書のタイトルは、人間が地球環境を左右した地質時代の「人新世」(アントロポセン)が終わって到来する「新しい時代」(ノヴァセン)を意味する。
3部で構成され、パート1「コスモスの目覚め」では138億年前に宇宙が誕生し人類まで進化を遂げる自然界のプロセスを概観する。次のパート2「火の時代」では、人類が化石燃料を利用して産業革命を起こし、環境を改変した歴史を振り返る。
「石炭を掘り出すことで太陽光をエネルギーとして利用し始めたアントロポセンは、今度はそのエネルギーを使って、情報を獲得し蓄積するようになった」(100ページ)。その情報革命から人間の知能を凌駕する人工知能(AI)が産まれ、世界は激変し始めた。ここからパート3「ノヴァセンへ」の議論が展開する。
副題に「〈超知能〉が地球を更新する」とあるように、AIが世界を支配する予測は他の未来学者と共通する。一方、ガイア(地球)が「自己に目覚める」過程で、人間と超知能が共生することで地球の恒常性が維持されると説く。
地球を生命居住可能な惑星として存続させるため、人間とAIが共通プロジェクトを遂行する時代が到来した、と著者は考える。「人間と機械との戦争が起こったり、単に人間がマシンによって滅ぼされるといったことが起こることはまずない(中略)マシンが自らのために、人間という種のコラボレーションの相手として確保しておきたいと思うからだ」(133〜134ページ)。
ノヴァセン時代の生物圏には、人間と超知能が同様の「生命体」として共存する。というのは「地球上の植物がガイアの恒常性を維持するのに欠かせないように、人間も引き続き、ガイアにとっては欠かせない存在」(179ページ)となるからである。
評者の専門とする地球科学から見ても、本書は地球環境の変遷を学ぶ際のすぐれた入門書である。さらに、ワーズワースやシェークスピアの名句を散りばめた教養あふれるお洒落な読み物ともなっている。
実は、地球は稀にみる環境の安定した星である。地球が外部から変化を受けた時には、常に元に戻そうとする力が働いてきた。
たとえば、地球上に深い海と厚い大気層があることは、復元力の大きな源となっている。水は熱しにくく冷めにくい。大量の水が海洋と大気を循環することで、地表の温度を一定の範囲に保てるようになった。これは地球の隣にある火星でも金星でも実現できなかったことである(鎌田浩毅『地球の歴史・上中下 合本』中公新書)。
では、人間が地球の復元力そのものを破壊するほど大きな力を持つかというと、実はそうではない。自分たちの居住環境を破壊する程度の力はあるが、地球環境自体を大きく改変する力は持ち得ない。人類は「自業自得」の範囲を超えてまで地球に影響を及ぼす力はない、というのが常識的な見方だろう。
もし、人が良くも悪くも地球環境を変えていくとしたら、途方もない長い時間をかけて初めて可能となる。それまで人類という種が絶滅せずにいるかどうか、はなはだ怪しいところだが。
「人生100年時代」と言うが、本書は1世紀を超えてなお旺盛な知的活動を行う著者が、地球と生命の未来を大胆に構想した本であり、最先端の知性はどこへ進むべきかを提示する。ビジネスパーソンや学生に限らず、アフターコロナの今こそ視野を広げたい全ての読書人に薦めたい。