これまで大きな病気をしたことがない。もちろん入院経験はゼロ。それどころか、風邪と下痢をたまにするくらいで、インフルエンザに罹った記憶もない。63歳にもなってこれではちょっとあかんのと違うか。
友人に聞いたら、なんやかやと薬を飲んでいるのが多い。そうか、薬を飲んだらひょっとして一人前になれるかもと、中性脂肪の値がボーダーくらいなので、高脂血症治療薬を処方してもらった。けど、思い出したように飲むくらいしかできていない。
『患者になった名医たちの選択』に登場する18人の医師たちは、私とは真逆である。9人が悪性新生物で、他は、脳出血、心筋梗塞、網膜色素変性症、など、重い病気を経験しておられる。そして皆さん素晴らしい。
感想をひとことでいうと、頭が下がります、しかない。どの医師も、病気を乗り越えられただけではなく、その経験を活かして次のステップにはいっておられるのだから。
腎臓がんの後、「がんと対峙し生き方を見つめ直す施設」を開設した医師。「『がんになってハッピー』ということはあり得ない」が、がんに打ち勝った人生を他者のためにと緩和支援センターを立ち上げた医師。
どのエピソードにも感動させられたが、中でもいちばん壮絶なのは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者である太田守武医師だ。
「医療と福祉をつなげる医者になろう」と、工学部を卒業後、医科大学に入り直し、34歳で医師になるも、卒後8年目にALSの診断を受ける。その時、息子はまだ2歳。頭は真っ白になり、妻は泣き崩れたという。
「自分も、医師であることを全うし、人の役に立ちたい」。一時は病気の進行に絶望していた太田医師であったが、ALS患者の講演を聞いたことによって鼓舞され、自らも講演や執筆に取り組むようになる。
「生きている限り、とことん人の役に立ち続ける」と、NPO法人と訪問介護所を立ち上げ、人工呼吸器をつけながら麻痺した四肢で東北や熊本の被災地に出向き、講演や無料相談をおこなっておられる。
他に、アルコール依存症を克服した医師や性同一性障害の医師も。同じ病気に悩む患者たちにとっては、心から共感してもらえる医師は得がたい存在にちがいない。
病気になったからといって、すべての医師が立派な人生を送られる訳ではないだろう。それだけに、余計に胸が熱くなった。
日本医事新報6月6日号より転載
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医療ミステリーの大家、帚木蓬生は精神科医でもある。急性骨髄性白血病を患ったことがあり、この本に登場する18人の一人、医師・森山斉彬として登場。