本屋さんに行っても絶対に手に取りそうもない本が送られてきた。それも、人生論やのに、タイトルが『あなたは酢ダコが好きか嫌いか』とは、どういうこっちゃねん。と、訝りながらパラパラッとめくり始めたが最後、あまりに面白くて、文字通り一気に読み切ってしまった。
佐藤愛子さんと小島慶子さんの往復書簡だ。佐藤愛子さんのご本は読んだことがある。しかし、小島慶子さんは名前も存じ上げなかった。TBSのアナウンサーさんだったので、大阪では知名度があまり高くないのではないかと思う。まぁ、単に私が知らないだけかもしれないが。
いやあ、佐藤さんのようなすごい人との手紙のやりとりって大変やろうなあと思って読み始めたのだが、あにはからんや、どちらかというと小島さんの方が強烈だ。
テーマは、夫婦、世の中、それから人生である。圧巻は、四章のうちの二章でとりあげられている夫婦について。まずは、よそ様の夫婦関係を垣間見るという下世話な楽しみが満たされながら、お二人ともむちゃくちゃ偉いということがよくわかる。
スタイルは違うが、ご主人、といったら叱られるかもしれないから、もとへ。夫に対する尽くし方が半端じゃない。佐藤さんは、夫の会社が倒産してできた借金を全部返された。小島さんは、夫が「一度仕事を離れて自分を見つめてみたい」と仕事を辞めた後、オーストラリアに引っ越し、日豪往復の出稼ぎ生活で一家の大黒柱を務めておられる。いずれも秀でた才能があってこそだが、なかなかできることではあるまい。
すごい内助の功で、うらやましくもある。いや、内助の功などという言葉ではとてもあらわせない。しかし、なにものも代価なしで手に入れることなどできないのは世の常だ。本質的なところで夫を愛し、やさしく大事にしておられる(佐藤さんの場合は結局離婚されたので過去完了形だが)のは間違いないが、ここぞという時にはむっちゃ怖い。ただし、その怖さのパターンは異なっている。
私は肉弾戦に於いては女は非力だということを弁えているので、「殴りかかる」なんて無謀はしません。代わりに物を投げつける。その投擲物だってね、投げても壊れても損をしない物を選びます。最適なのが牛乳瓶です。これは実に丈夫に出来ていて、めったに壊れない(実践ズミ)。 -中略- 私は突然の戦闘に備えて、瓶入りを毎朝配達してもらってます。
物理的な怖さが佐藤流だ。怒ったが最後、雑巾をしぼったバケツの水をぶっかけ、牛乳瓶を投げつける。それも、帰宅した瞬間を狙う奇襲戦法まで採用されるという念の入りよう。
先日は夫が電話に出ないことに腹を立てて、百五十回もかけました。連続百五十回です。途中から夫のことはどうでもよくなり、百回を超えることを目指し、ひたすら発信ボタンを押して百五十まできたところでハッと我に返りました。原因は、夫の携帯電話の故障でした。修理を終えてから着信履歴を見てぎょっとしたようです。さぞ怖かったことでしょう。
小島さん、聞いてるだけで十分に怖いです。他にも、十年以上も前のことをいつまでも忘れず、淡々と夫に詰め寄ったりする。さらに、「エア離婚」を申し入れ、未来に向けての戦略まで練ってある。佐藤さんはバイオレンス、小島さんは心理サスペンスという違いはあるが、怖さの絶対値にはいずれ甲乙つけがたし。
しかし、夫に対するなんともいえない愛情深さがご両名に感じられるのが、この本の最大の持ち味だ。夫の事をあれこれとぼやく小島さんに対し、佐藤さんは、あなたはまだまだねとか、おのろけにしか聞こえませんとか、ごっつうええ感じであしらっていかれる。小島さんも、96歳の佐藤さんも、なんだかとっても可愛らしい。
とはいうものの、お二人との結婚生活というのはかなり厳しいような気がする。そんなこと考えてどないすんねんと言われそうだが、どうしてもという究極の選択になると、30歳以上の年齢差はあるけど佐藤さんかなあ。「♪体の傷なら なおせるけれど 心の痛手は 癒やせはしない」から(ジュリーの『時の過ぎゆくままに』です。念のため)。あ、いや、すんません、勝手なこと考えて。
この本を読み終えた時、思わず、家事をしてる妻に「あんたでよかった、ありがとう」と伝えずにいられませんでした。夫に感謝の念を抱かせるために妻から夫へプレゼントする、あるいは、夫が妻への愛を奮い立たせるために自分で買う。そんな目的に最適の本とちゃいますやろか。
で、酢ダコってどういうこっちゃねんって?それは本を読んでのお楽しみということで。
「女性セブン」6月11日号の「爆笑書評」から改変