『ワイルドサイトをほっつき歩け』愛すべきおっさんたちの愚かで優しい日々ハマータウンのおっさんたち

2020年6月3日 印刷向け表示
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ワイルドサイドをほっつき歩け: ハマータウンのおっさんたち

作者:ブレイディみかこ
出版社:筑摩書房
発売日:2020-06-03
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世界が激動・混迷するこの時代、「おっさん」たちは何かと悪役にされていた。
トランプ大統領が誕生したのはおっさんのせいで、EU離脱もおっさんのせい。(中略)セクハラもパワハラもおっさんのせいだし、政治腐敗や既得権益が蔓延るのもおっさんたちのせい。

どこの国でもそうなのか、諸悪の根源のように言われている巷のおっさんは本当にそんなにひどいのか。

中学生の息子の見た世界、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が大ヒットしたイギリス在住の物書き、ブレイディみかこさんが今回ターゲットにしたのは、彼女の身のまわりに生息する「おっさん」たちだ。(一部本人も含めたおばさんも)

彼女が観察するのは『ハマータウンの野郎どもー学校への反抗・労働への順応』で紹介された1977年出版当時の、英国労働者階級のガキどもの成れの果てだ。そのころ18歳とすると、いまや60歳オーバー。反抗的で反権威的なくせに、既存の階級社会にはまり込んだ少年はどんなおっさんになったのか。
 
ちょうどいいサンプルが目の前にいた。ブレイディさんの連れ合いとその友人たちだ。

元自動車派遣修理工で仕事が嫌さに大酒飲みになり、妻子に蒸発されたレイは、肝臓を患った後ぴたりと酒を止め、スポーツジムに通いはじめる。すると、あら不思議、30歳も年下のビジネスウーマンに見初められ、彼女の子どものベビーシッターをつとめるパートナーとなった。

仲睦まじく暮らしていた二人の間にヒビが入ったのはEU離脱の国民投票だった。レイが離脱派に投票したのは「どうせ残留派が勝つんだろう」という軽い気持ちだったようだ。

おっさんたちが子どものころのイギリスは「ゆりかごから墓場まで」と日本の小学校の社会科でも習うほど社会福祉が充実し、国民や居住する外国人に原則無償で医療を提供する「国民保健サービス(NHS)」は日本の健康保険の手本となったほどだ。失業保険も充実しており、若い頃は生活の不安はほとんどなかっただろう。

だが経済状態がひっ迫し、ありとあらゆるものが縮小、閉鎖されているイギリスの現状では、EUを離脱してどうやって暮らすのか、とおっさん以外の世代は思っている。当然30歳年下の妻とは口論が絶えない。

仲直りに、とレイが取った行動も、かつての労働者階級の若者がやりそうなこと。日本人のブレイディさんは目をまるくしたのだけど。

『ぼくイエ』を読んだ方なら、ブレイディさんがどんな所に住んで、どんな隣人がいるか説明するまでもないが、イギリスの地方都市で様々な人種や貧富、セクシュアリティが混ざっている場所なので、話題には事欠かない。

(彼女の住んでいる町の新型コロナ禍のロックダウン解除翌日の写真をBBCが紹介している。日本もそんなに変わらないけどね)

マイノリティである自覚を十分持ったうえで、彼女の目から見るイギリスの現状は、近い将来の日本を暗示しているようにしか思えない。

経済は上向きになんてならないし、政治に期待したって仕方ない。「無事これ名馬」みたいに暮らし、ささやかな幸せが手に入ればいい。そんな若者たちが多いなか、若い嫁さんを東南アジアからもらい、「コンマリの片づけメソッド」にのめり込み、お金を出せば医療が受けられるのに、絶対に無料のNHSに行くという中年・老年の男ども。なんだか日本の高齢者男性が、街なかで興奮して怒鳴っている姿とダブってしまう。

とはいえ、こういうおっさんは愛らしい、と思うくらい私も年を取った。ブレグジットが成立し、どうなるのかなと成り行きをみているうちに、世界中が新型コロナの大旋風に巻き込まれた。なぜだかよくわからないまま、日本は他国よりたくさんの犠牲者が出なかった。イギリスは大変だったようだ。

その様子をブレイディさんは新潮社の「波」6月号で「ブライトン・ロック(ダウン)日記」として寄稿している。日本もイギリスも、おっさんおばさん若者関係なく、みんな家に居なきゃならないなんてこと、歴史上はじめてのできごとなんだろうなあ。

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ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)

作者:ポール・E. ウィリス
出版社:筑摩書房
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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

作者:ブレイディ みかこ
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 発売直後にインタビューしています。HONZの記事 その1 その2 その3

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