現代社会において、ポストモダニズムからポストトゥルース(ポスト真実)が広がり、それがトランプ米大統領誕生やブレグジットに見られるポピュリズムの台頭につながっている。哲学界の若き天才マルクス・ガブリエルの「新実在論」は、こうした閉塞感を打ち破る、新しい哲学である。
新実在論の新しさは、現実は物理的な対象だけではなく、それに関する見方、心情、信念、思想、空想といった、あらゆる意味の場に現れるとする、存在の複数性、同時性、同等性にある。
これが、新実在論の第1の特徴である「世界は存在しない」、すなわち、あらゆる物事を包摂するような「単一の現実」は存在しないということの、存在論的な意味である。
その上で、「私たちは現実をそのまま知ることができる」、すなわち、われわれ自身が現実の一部であることから、本質的に知ることができない現実はないという認識論的立場が、第2の特徴である。
ガブリエルは、すべての真実が相対化され、もはや宗教はおろか自然科学上の真実さえも絶対ではなくなってしまった現代の精神的危機を、「世界史の針が巻き戻る」という言葉で表現している。
神が死に、近代という壮大な物語も失われ、「古き良き十九世紀の国民国家の時代に戻ろうとする力」が勢いを増してきているというのである。
ガブリエルは、自然科学の持つ客観性の重要さを強調しつつ、その単一の物差しによって人間が下位概念におとしめられてしまうことも拒んでいる。
そして、異なる文化においても普遍的な道徳的価値観や倫理観は存在するのであり、そこにはわれわれが同じ種の動物だという生物学的な根拠があるのだという。つまり、人間第一主義の立場から、人間にとっての普遍的価値や人間性の重要性を繰り返し強調しているのである。
そうした意味で、新実在論は、「本質主義」(個別の事物には必ずその本質がある)、「実存主義」(現実存在は本質存在に先立つ)、「相対主義」(認識や価値はすべて相対的なものに過ぎない)の相違を乗り越え、新しい時代の扉を開く哲学なのである。
今、世界は米国も中国も含めて、自然科学を経済や社会に応用することが「救済への道」であるという、物質主義のイデオロギーに覆い尽くされている。
そして、際限なく拡張するグローバル資本主義は、未曾有の格差と貧困を生み出しており、その反動が、今のポピュリズムの台頭である。
ガブリエルは、この危機を打開するために、本書の中で「倫理資本主義」という、倫理学者が介在する代替システムを提唱している。
それはすべての人が協力することで成り立つシステムで、人や企業は収入の増加ではなく「モラルと人間性の向上」を目指す。また、すべての学問も同様に「人間とその幸福の条件を理解する」という共通の目標を持つべきだという。
ガブリエルは今、資本主義の暴走が人類を滅ぼすのを阻止するため、さまざまな分野の協力者たちと共に新しい社会の「グランドセオリー」づくりに取り組んでいるらしい。
今後も、ガブリエルの動きから目が離せそうにない。
※『週刊東洋経済』 2020年4月25日号