誰もが行きつく人生の終着点、死というゴールがすぐそこに見えている人は、何を考えているのだろう?ロサンゼルス在住の写真家、アンドルー・ジョージは「死ぬ前の自分にとって大事なことは何だろう」と考えた。
カリフォルニアにあるプロヴィデンス聖十字架医療センターに入院する緩和ケアを受ける患者たちひとりひとりに対峙し、写真とともに彼らの考えや歴史を語ってもらう試みは2年間に渡った。20名の患者は年齢も性別も人種も違うし、育ってきた環境もみな全く異なっているが、病気の治療に努めた結果、残念にも死が目の前にある人たちだ。彼らは自分の状況がよくわかっており、受け入れている。真正面からカメラを見据える人も、うつろに天井を眺める人もいる。
アンドルーはインタビュアーでもある。人生に悔いはないか、生涯で一番愛した人は誰だったか、人生で一番楽しかったこと、一番辛かったこと、人生最大の自慢は、と37の質問をあらかじめ用意した。カメラの前で応え、自筆の手紙をもらう。筆跡は雄弁に彼らの心情を表していた。
2月14日(金)から2月21日(金)まで東京・渋谷の大田和ギャラリーで「その日」の前に―Right,before I dieー展」が開かれている。撮影者であり、インタビュアーでもあるアンドルー・ジョージ氏が来日され説明されると聞き、展覧会初日にうかがい、本書に対する熱い思いを聞いた。
すべての人に訪れる普遍的な出来事
ーこの写真集はどうして作ろうと思ったのですか?
アンドルー:私は人間の生と死にとても興味がありました。死は、誰にでも訪れるもの、差し迫った人はどう思っているのか知りたいと思ったのです。
世界中どんな人でも、子どものころから漠然とした死の恐怖を持っています。それが最後にどうなるのか、この強い人たちを通して知ってほしいと思いました。多分、どんな人でも共感してくれるでしょう。人種や宗教、性別など関係なく、同じ思いを持ってくれると思います。
どのように死ぬかを穏やかに受けいれることできるようになれば、きっと変わっていくでしょう?実は日本に来るのはちょっと怖かったのです。コロナウィルスのことが大きな問題になっていますからね。でも自分に問うてみても、やはり日本に来ることは正しいことだ、行きたいと決断したのです。状況を受け入れる、ということに関しては似ているような気もします。
ーアンドルーさんが撮影したみなさんは、どのような方でしたか?最初にインタビューした人はどのように受け入れてくれましたか?
アンドルー:最初にインタビューしたのはこのネリーさんで、実はインタビューした人の中でこの人だけはまだ生きています。彼女は人一倍、生きようとする意欲が強く、それが病気を克服して今に至っているのだと思います。
みなさん、それぞれ違う人生を歩み、違う経験をしたうえで今の死に直面する状況にいるのですが、すでに心構えができている、という方ばかりでした。
2年間でインタビューしたのはこの20人だけです。平穏な気持ちで死を迎える覚悟ができている人、ということでこの20人以外はいませんでした。私は「ただ死んでいく」人を撮りたかったわけではなく、死の恐怖に打ち勝った人だけを撮りたかったのです。
彼らは死に直面しているのだけれど、死を全く恐れていないということは一緒でしたね。私は、この「死を恐れない」ということを若い時に理解していれば、人生は違うものになるのではないかと思っています。
ーマイケルさんのように犯罪や麻薬中毒から立ち直った人が、この状況にあることもとても印象的でした。
アンドルー:社会から見向きもされなかった人が、悔い改め、ホームレスに手を差し伸べたりさまざまな善行をすることができるようになったのはすごいことです。彼はその経験によって、他の人よりさらに素晴らしい人生を送ったのだと思います。勇気と愛さえあれば人生は変えられる、そのいい例が彼だと思います。
それぞれの人生を語ってもらうために、待つことは重要な要素でした。この本の中には私が驚いたことだけを書いています。誰かにとっても学ぶべきことだと思えることを書いています。
何を感じ、何を学ぶのか
ー私がこの写真集に興味を持ったのは、この写真を見たからなんです。実は4年までに亡くなった私の父とそっくりで。倒れてから亡くなるまで3週間ほどで急激に悪くなったので、最後の時間を穏やかに過ごすことができなかったのです。この写真をみて、とても残念だったなと思いました。
アンドルー:(父の写真を見せると)いやーこれは信じられないくらいよく似ていますね。このプロジェクトが世界に共通することを、この写真が証明しています。大方の人にとって、死は平穏なものではありません。どのように死ぬかはまったくわからない。だからこそ、緩和ケアに入っているこの20人の人たちのインタビューは特別なものだったと感じます。
ーお一人にどれくらいの時間をかけて、何回くらい取材と撮影をされたのですか?
アンドルー:それぞれ一回ずつしか会っていません。一人へのインタビューの時間は3時間から6時間ほど。彼らの体調に注意しながら行いました。彼らは、私のことを「カメラを持った神父さんだ」と言ってくれました。彼らの多くが、今まで誰も自分の話に興味をもってくれなかったのに、話を聞いてくれることを喜んでくれました。
無言の方、饒舌な方、いろいろでしたが、先に37個の質問を渡していました。そこの中から、患者さんが興味があったり話しやすかったりしたものから話し始めてもらいました。最初に話し始めるのは、そう、子どもの頃のことが多いですね。
ーアンドルーさん自身、2年間で死への考え方は変わりましたか?
アンドルー:どんなプロジェクトも、アーティストにとって自問があるものです。私もやりながら、自分に問い続けていました。何かに悩んだり躓いたりしたとき、今でも彼らの声が聞こえ、導いてくれることが多いです。
例えば、キムという女性が話してくれたひとつで「もし誰かを愛したら、それを伝えなくてはならない、相手がどう思っていようと、それは伝えなくてはわからないことだ」こういう言葉は親や教師やマスコミなんかでは 教えてくれないことですよね。彼らから、本当にいろいろなことを教えてもらったと思います。
アーティストとして
ーインスタグラムでほかの作品も拝見しました。心象風景をあらわすような、光と影の使い方が柔らかい印象を受けました。この写真集では、背景にその柔らかさを感じたのですが。
アンドルー:私の写真はすべて同じように撮られています。美しいと思ったときにシャッターを切っているのです。私は風景と同じくらい、彼らを美しいと思いました。だからこの写真が穏やかで優しい雰囲気なのだと思います。色は私に音を与えてくれます。何年たっても、その写真を見ると音が流れてくるように思い出します。
このプロジェクトの難しかったところは、彼らは瀕死の病人であるということでした。当然、顔色は悪いし、機嫌もよくないことがある。病室は味気ないし、光も十分ではありません。その中で、彼らがどれだけ美しいかを引き出すのは少し大変でした。
生も死も、美しいのだということを気づいてほしいと強く思っていました。
多くの国での展覧会を通じて
ーベルギー、サンフランシスコ、ロスアンジェルス、韓国、ドイツの各国で写真展を開かれましたが反応は違っていましたか?
アンドルー:アメリカの観客は高齢者が多かったのですが、韓国では多くの若い人が見に来てくれました。私のウェブサイトには世界150か国の人が見に来てくれています。いかにこの写真集が普遍的なものが、このことが証明していると思います。このテーマを選んだことをとても誇りに思っています。
私自身は学んだことは、とにかく後悔はしないようにしようということです。思ったことはすぐに言うし、言ったことに責任を持つ、と決心しました。相手には何も期待をしない、しかし私の愛や思いを世界に向けて発信していく、という強い思いを持っています。仏教にもあるように、正しい努力は続けていきたいと思っています。(筆者注:「精進する」ということではないかと感じた)
写真を見た若い人へは「よりよく生きるにはどうしたらいいか」を考えてほしい。それぞれが決めなければならないことですが、そのきっかけの一つにしてほしいと思います。
展覧会を見ていくと、最後に大きな鏡があります。いろいろな人を見てきたその後で、その鏡に映った自分を見て、あなたは何を思いますか?と問いかけたいのです。
インタビューを終えて握手をしたその掌は、とても大きくて分厚かった。
死の床にあって、饒舌に答える人も、まったく口を開かない人も、家族や友人に感謝する人も、反対に恨む人も、神を信じる人も、自分だけを信じる人もいる。
人生の長さはまちまちだが、彼らはいくつかの悔いを残してはいても、死ぬことに抗ってはいない。もちろん、ここに至るまでにはいろいろあっただろうと、誰でも推測できるけど、終焉の時を静かに待っているのだ。険しい顔はひとつもない。少し悲しそうだったり、疲れて諦めたような表情だったりすることはあっても、その時を待っているように思える。
国によって、あるいは民族によって死の受け入れ方はどれくらい違うのだろう。少なくとも今の日本ではホスピスが普通に受け入れられ、苦しまずに死ぬことを選ぶ人が大多数だと思う。ピンピンコロリが理想とはいえ、突然死はまわりにとってショックが大きい。むしろ、本書の患者たちのように、粛々と最期の道を歩けるのは幸せだ。
あなたはどのように死を迎えたいですか?
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