『エイズの起源』(みすず書房)や『完治』(岩波書店)など、エイズ関連の優れた図書はたくさんある。その多くは、現代医学がエイズという病気に一丸となって取り組み、克服してきたかの成功物語である。
抗HIV薬が開発され、感染してもエイズの発症を抑えることができるようになった。1981年に最初の症例がNEJM(ニューイングランド医学雑誌)に発表されてわずか40年たらずでここまで進んだのだから間違いなく驚嘆に値する。
しかし、2019年の時点において、全世界で3790万人も「HIVとともに生きている人々」がいるとされている。そして、そのおよそ7割もがサハラ砂漠以南の住民だ。
アフリカのどんなへんぴな地域にも冷えたコカ・コーラやビールを届けることができるなら、薬だって届けられるはずだ
『撃ち落とされたエイズの巨星』は、この信念をもってサブサハラにおけるエイズ・HIV感染の撲滅を目指してばく進したオランダ人医師ユップ・ランゲの物語だ。その内容は多くのエイズ本とはかなり異なり、尊き個人の壮絶な戦いの記録である。
ランゲが務めてる「ゲイの聖域」アムステルダムの病院に、オランダで最初のエイズ患者が訪れた。それが物語の始まりだ。ウイルス性疾患であるかどうかすらわかっていない時代から、この疾患に興味を持ち、猛烈な勢いで研究を進めていく。
アフリカにおける患者の多さや差別・偏見などから、HIVを「たんなる医療問題ではなく、社会正義にかかわる問題」ととらえ、サブサハラを中心とした公衆衛生的な仕事に従事するようになった。
そんなランゲだったが、不運なことに、2014年、第20回国際エイズ学会へ向かう途上でマレーシア航空撃墜事件に遭遇し、59歳の若さでその命は絶たれてしまう。
原題に『The Impatient Dr. Lange』とあるように、せっかちで迅速にことを進めようとするランゲは周囲と摩擦を起こしがちだった。同時に、詩人にあこがれ、自らをドクトル・ジバゴになぞらえる恋多き男でもあった。なんとも複雑で魅力的な人物だ。
著者は17歳の時にランゲと出会い、人を助けたいなら医学部に行きなさいと勧められ、医師になった女性。追悼記事がどれも聖人伝のようであることが不満だったからと振るった筆だが、その内容はどこまでも感謝と尊敬の念に満ちあふれている。
日本医事新報 2020年1月25日号『なかのとおるのええ加減でいきまっせ!』より転載
HIVはいかにして生まれ、エイズはいかにして拡がったのか。これ一冊ですべてがわかる。村上浩のレビューはこちら。
HIV感染を抑え込むことはできるが、「完治」は難しいとされるエイズ。しかし、二人の「ベルリン患者」ではそれが成功した。青木薫さんのレビューと、わたくしめのレビューがあります。
エイズといばこの本も。世界で初めて抗HIV薬を開発された満屋裕明先生のお話。むっちゃナイスなおっちゃんです。