ヒトはどこから来たのか? そしてどこへ行くのか? その答えを求めることは、人類にとって普遍的なテーマといえる。確かにわれわれは過去の歴史の中に答えを求め、そして行く末を夢想してきた。それは、時間感覚の中にこそ、われわれのアイデンティティーがあると固く信じてきたからだ。
しかし、この時間感覚というものは、時代によって移り変わるものである。室町時代のような中世には特有の時間感覚があり、近代になると新しい時間感覚が現れ、そして現在に至っている。ならば、この先の私たちの時間感覚というものは、どのように変わっていくのか?
これをテクノロジーという観点から読み解いたのが、佐々木俊尚氏による本書である。時間と空間について、それぞれ主観と客観という視点の違いから未来を予測している点が、本書をより一層ユニークなものにしている。
結論から言うと、「時間は主観で、空間は客観で」見ていくことが、これからの時代に求められてくるという。
時間を主観的に見るとはどういうことか? これは反対の概念から考えてみるとわかりやすい。時間を客観的に見ることの代表例として、因果関係が挙げられるだろう。2つの事象を時系列でつなぎあわせ、原因と結果の関係を把握する──この視点が現代に至るまでの世界を進化させてきたことは否定できない。しかし今、私たちが直面している世界は、因果関係だけで読み解くには、あまりにも複雑化してしまっているのだ。
にもかかわらず、この複雑さを無理やり因果で理解しようとすることは、わかりやすい「物語」に寄せていくことにつながりがちだ。しかし、この状況から生み出される共感は視野が狭く、ポストトゥルースの時代に多くの悲劇を生み出したことも、また事実なのである。一方で、因果関係などわからずとも、力業で正解に到達するAI(人工知能)をはじめとした機械学習が、この先さらに進化していくことは言うまでもないだろう。
また、空間の話として3次元感覚に着目していることも特徴的である。これはたとえば平面の地図から目的地に向かう経路をイメージするような空間認識能力を指す。建物の設計図を確認するように、今自分が立っている空間のXYZ軸を意識することによって、「今この瞬間の世界」と自分の関わり合いに目を向けることができるのだ。
つまるところ、「時間は主観で、空間は客観で」というのは、今この瞬間の世界につなぎ留められている感覚のことを指す。過去と未来という時間軸につなぎ留められている感覚ではなく、「今この瞬間」に自分が立っている空間をリアル/バーチャルの境目なく、俯瞰的に認識する感覚である。ここにわれわれのアイデンティティーは存在し、これからテクノロジーや機械とともに上手に生きていくためのヒントもあるのだ。
テクノロジーの進化を紹介した本は世の中にあふれているし、テクノロジーが社会をどう変えるのかという未来予測の本も多い。しかし本書は、テクノロジーの変化とパーソナルな感覚の両者が高い次元でダイレクトにつながっており、読み手一人ひとりの背中を確かに押してくれる一冊だ。
※週刊東洋経済 2020年2月1日号