近年、急速に発展するテクノロジーと科学の進歩は、産業革命を超える社会的変化を私たちに強要しつつある。その変化は産業革命よりもはるかに大きく、そして速い。そのような現代の問題に警鐘を鳴らすのが、世界的なベストセラーとなった『サピエンス全史』の著者、ユヴァル・ノア・ハラリだ。
今作『21 Lessons』では科学、テクノロジー、哲学などの最新研究を取り入れながら現代の問題を21個に絞り考察していく。
18〜19世紀に発生した産業革命の影響は大きく、それまでの封建制や君主制、既存の宗教といった思想や社会モデルでは対応できなかった。この変化に対処するために人類は自由民主主義国家や共産主義独裁制、ファシスト体制を生み出した。そしてその社会モデルの有効性を実験するために、1世紀以上に及ぶ戦争と革命を必要としたのである。
だが現在、私たちの文明が持つ、途方もなく大きな力と複雑に絡み合ったグローバルな社会を考えると、20世紀のような血生臭い失敗を容認する余裕はないと著者は言う。今回しくじれば、核戦争や遺伝子工学の力で怪物が生まれたり、生物圏が完全に破壊されたりしてしまう。著者は「人類の愚かさを過小評価してはならない」と警告する。
また、もっと身近な問題は、とめどなく複雑になるシステムを運用していくために高度な知能を要求される仕事が増え、単純作業はAIや機械に取って代わられつつある点だ。この社会に適応できた人とそうでない人の間に大きな格差が生まれている。こうした問題が自由主義や資本主義に亀裂を生じさせている。
ユヴァル・ノア・ハラリはさらに深く思考していく。例えば、ただ単に貧富の差が拡大するだけならば、人々はもう一度、マルクス主義に頼れるだろう。だが最新のAIの発展を丹念に精査していくと、近い将来には「無用者階級」が出現するのではと予想される。共産主義の「物語」はプロレタリアートには有効だが、意味を喪失した無用者階級には無効だ。
さらに「ITとバイオテクノロジーの双子の革命」は、自由主義というわれわれが信奉し西側諸国の根底となっている20世紀の物語の屋台骨を揺るがす可能性が高い。自由主義とは、人間の自由意志というものに至上の価値を見出すことにより成り立っている物語だ。しかし、人間の意志というものが、ただの生化学的アルゴリズムでしかないことが最近の研究で明らかになっている。つまり自由民主主義というシステムの正当性が揺らぎ始めているのだ。
著者はこのようなグローバルな問題に対して、近年復活の兆しを見せる宗教、ナショナリズムなどの古き物語が解決の糸口になるかを丹念に検証する。当然、答えは否だ。しかし、新たな社会の新たな物語を生み出せないわれわれ人類は、既存の物語を再編し、その優れた部分を有効に活用する必要がある。もっとも、ここにも危険性は潜んでいる。どのような思想や宗教であれ、教条主義に陥ると排他的で自己中心的な物語になってしまうのだ。それを避けるには、無知を自覚し批判的思考を育み、謙虚さをもって真剣に内省を繰り返していくしかないと著者は訴えるのである。
※週刊東洋経済 2020年1月25日号