HONZメンバーが選ぶ今年最高の一冊。令和元年となった2019年もこのコーナーがやってまいりました。
今年はHONZが始まって以来一番の、ノンフィクションの当たり年であったと言えるのではないでしょうか。こんなにも次から次へと面白そうな本が出ては読みきれません。そしてどこまでも自由なHONZメンバーたち。今年は初の試みとして、原稿の催促を一切しないでみましたが、やはりただ待っていても、原稿は届かないものです。
そんなワケで、今年は原稿の到着が遅かった順に掲載してみます。早く送ってくれた方々、どうもすみません!
麻木 久仁子 今年最も「元号を感じた」一冊
半藤一利さんといえば「歴史探偵」の異名を持つ昭和史の水先案内人のようなお方、多くの人々に昭和史探検の楽しさを教えてくれた方である。かくいう私も半藤さんの『日本のいちばん長い日』や『昭和史1926~1845』『昭和史 戦後編1045~1989』をはじめとした作品で昭和の歴史観を学んだ口である。昨今の歴史修正主義の跋扈をみれば、まず半藤さんを入り口に昭和史に触れることができたのは実に幸いなことだった。
この本はその半藤さんの「語りおろし自伝」である。昭和5年東京は向島生まれ。本書全編にわたって、ここというところで繰り出される江戸弁が気持ちいい。
15歳の時、東京大空襲である。半藤少年も山ほどの焼死体を見、川を渡って逃げる船から転落したときはしがみついてくる人々を片っ端から振り払って九死に一生を得る。人を「殺して」自分は生き延びたという経験は半藤少年の心根に深く残ることになる。
このとき本気になって考えたのは、「絶対」という言葉は死ぬまで使わないぞ。ということ。〜(中略)〜それまで「絶対に日本は負けない」「絶対に焼夷弾は消せる」「絶対に神風が吹く」…周りにたくさんの「絶対」があった。「絶対に人を殺さない」ということも。しかし、それらはみんな嘘だったと………。たった一つのそれが自作の哲学でした
その後の「昭和史」に注ぐまなざしの源であろう。
新潟での疎開生活、ボート部に懸けた大学生活、そして文藝春秋に入社し編集者として時代と取っ組み合いをしながらも傍で昭和史研究をコツコツと続けていくという人生の様々なエピソードがそれこそそのまま「昭和の生活史」のようだ。
昭和史にのめりこんだのは歴史の証人たちに「会って話が聞けるから」だという。文献だけでなく、その場にいた人に話が聞ける。陸海軍人には800人以上あって話を聞いたという。正直に話す人もいれば、口が重い人もいれば、ウゾをつく人もいる。人の「話」に分け入って分け入って、事実を探り当てることに喜びを感じて「探偵」と呼ぶのだろう。しかし、その昭和も令和に生きる若者からすればもはや遥か彼方である。あの頃のことを自らの言葉で語れる人はどんどん少なくなっていく。
御年89歳。令和初の新年を、大いに語る半藤さんの言葉に耳を傾けながら迎え、来し方と行く末に思いを馳せていただきたい。
足立 真穂 今年最も「線を引いて学んだ」一冊
2018年に続き、2019年にまで行くとは思わなかったわけですよ、ジョージア。相撲なら黒海に栃ノ心、レスリングも強いそうな。ロシアやトルコ、アゼルバイジャンにアルメニア、を隣国にもつ、日本人の9割方が地理を知らないキリスト教信仰の国です。昔はグルジアと呼ばれていました。コーカサス山脈と黒海を持つ風光明媚な土地、その自然が生み出すナチュラルワイン、多民族国家ならではの多彩なダンス。ぜーんぶ堪能してきました。
また行きたい! のですが、そこは腐ってもHONZ。いや、別に腐ってないんですけど、読書で学ばねばと手にしたのが『黒海の歴史〜ユーラシア地政学の要諦における文明世界』です。とにかくジョージアの属する地域がよくわからないので、旅の道中にと手に取りました。黒海を囲む12の国を挙げられるか? なぜこの地域が文明の十字路と呼ばれるのか? 海の環世界の観点で、歴史の醍醐味を味わえる一冊です。読みやすく、たくさん線を引きました。
もちろんHONZへのレビューも書こうとはしました。したのですが、すでに先を越されていました。出口治明さんに。ここまで触手を伸ばされているとは、さすが出口さん。いつか出口さんと歴史旅をしてみたいものです。ジョージアかインドあたり、どうでしょう?
来年も本を読みながら旅に出かけていきたいと思います。良いお年をお迎えください。
刀根 明日香 今年最も「注目した社会問題と自分を結びつけてくれた」一冊
「ひきこもっている状態をこのまま続けていくにはどうしたらいいか、一緒に考えようよ。」
私はこの言葉に出会ってえらい衝撃を受けた。みんな「ひきこもり」を脱するために、もがいて頑張っているんじゃないの!? こんな私の自分勝手な先入観を根本から変えてくれて、また「中高年ひきこもり」や「8050問題」と自分の接点を教えてくれたのが本書である。
2019年に起きた2つの事件(川崎市登戸・無差別殺人事件と、練馬区・元農水事務次官による長男殺害事件)はまだ記憶に新しい。「中高年ひきこもり」への漠然とした恐怖をニュースを観ながら感じていた。接してはいけない、もうどうしようもない問題なのだと。
しかし、著者の黒川祥子さんは、「違う」と言う。「8050問題」を掘り下げていくと、家族のあり方と多様性を認めない世の中の問題にぶち当たった。「中高年ひきこもり」を「見えない」存在から「見える」存在へと変えていかなくてはいけない。
冒頭の言葉は、本書で登場する支援者がひきこもりの当事者にかける言葉だ。「大切なのは、彼らの人生や今置かれている状況を否定しないこと。」本書から当事者や支援者の声・視点を学んで、私は漠然とした不安から光射す方面へと目を向けることが出来た気がした。
田中 大輔 今年最も「学びの多かった」一冊
週刊新潮で「ビジネス書捕物帖」というビジネス書を紹介する連載をしている。3月に「今年のベストビジネス書は『FACTFULNESS』で決まり?」と書いたのだが、年末になったいまでもその気持ちは変わらず、今年の個人的ベストビジネス書は『FACTFULNESS』で決まりだ!
トーハン、日販の発表している年間ベストセラーで本書が2位になったことは喜ばしい限りだ。このような世界の見方を一変させるような本こそ、多くの人に読んでほしいと常々思っている。
ファクトフルネスとは事実に基づいて世界を見ることだ。この本を読んで、自分の世界に対する認識がいかに遅れているのか?を目の当たりにした。同時に日本がいかに時代に取り残されているのかということも痛感した。
世界全体で見れば貧困は減少し、平均寿命は伸びている。過去に比べて世界は確実に良い方向に向かっているのだ。しかし環境や人権など、またまだ無視してはいけない問題が数多くあるのも事実だと思う。
そういうことから目を逸らすことなく、多くの人がファクトフルネスを意識するだけで、世の中は確実に良い方向に進むと信じている。さらに多くの人にこの本を読んでもらいたい。
峰尾 健一 今年最も「次の10年はこんな本が増えてほしいと思った」一冊
話が大きくて、複雑すぎる。何をしていいのかわからない。そんな理由でいまいち関心を持てなかった「ガバメント」のこれからについて、自分史上最高に興味をかきたてられた1冊だ。
SDGs、DX、MaaS、GDPR、キャッシュレス、マイナンバー、コミュニティ、ギグエコノミー、シェアエコノミー、シビックエコノミー、地方創生、循環経済、働き方改革、副業解禁、信用スコア、スマートシティ、データ駆動社会、デジタルガバナンス、インクルージョン。 読み進めるほどに、こういったワードの本質や関係性が見えてきて、頭の中に見取り図ができあがっていく。
この手の話題からいったい何を読み取ればいいのかも自然とつかめてくるだろう。人口減少や高齢化、災害への備えといった2010年代通して突きつけられた社会インフラの課題にも当然大きく絡む話だ。 カギになるのは、「ここからが行政府の活動」、「ここからが市民の活動」という「線引き」を見直すこと。それは、「大きい政府」でも「小さい政府」でもない新たな選択肢の模索でもある一方、「税金払ってるからちゃんとやれ」がもはや成り立たない現実と向き合うことでもある。
「このままではまずい」に対して、「これからどうする」の話は圧倒的に足りていない。本書を起点に、次の10年は、そのバランスが前向きな方向に変わっていってほしいと思う。
新井 文月 今年最も「霊性を感じた」一冊
6年前、エジプトのカルナック神殿で不思議な体験をした。1人で歩いていると、現地の初老の男性が手招きするのだ。警戒しつつも近づくと、彼は侵入禁止の扉を開け部屋の中にある壁画を見せてくれた。それはホルス神のレリーフであった。
本書は神話を研究する著者が、世界中に存在する神話を丁寧に解説した一冊だ。メソポタミアのギルガメシュ叙事詩、ケルトのアルスター神話、日本の古事記など世界各地に伝わる神話を紹介している。
私はエジプト神話に引き込まれた。冥界の王オシリスは、弟セトに裏切られ、棺に入れられたまま殺されてしまう。妻イシスは棺を回収し、自身の姿を鳶に変えてオシリスの上を舞い、偉大な王となるホルスを妊娠した。私がエジプトで見た壁画のホルスのレリーフは、いったい何を意味していたのだろうか。
神話では、近親相姦があたりまえのように存在する。ある時は冥界に堕ちた女性の見るべきでない禁を破るケースもあり、ある時は死体から生じたイモを食べる話もある。予測を超える内容で何千年も前から人々を魅了してきた神話は、それ自体ですでに霊性を帯びたエンターテイメントとして楽しめる。
久保 洋介 今年最も「地に足つけちゃダメだと思わされた」一冊
皆で一丸となって大きな目標に向かって邁進するのがあいかわらず美徳とされている。今年はラグビー効果もあって(!?)、自己犠牲の精神で耐え忍んで全体最適を目指す気風がもてはやされがちだった。
そんな気風がバカバカしく思えてくるのが、本書、キワモノ京都大学教授陣による変人講座だ。みんなと仲良く足並みそろえてという価値観に真っ向から異を唱える。冒頭、京大総長の山極寿一が「地に足つけているだけではダメ」「官僚的ではなく芸人的であれ」「変人がいるから社会は発展する」と唱えるところから始まり、京大の奇抜な講義内容が続いていく。
講義テーマをいくつか抜き出してみよう。第二章の「なぜ鮨屋のおやじは怒っているのか」(経営)、第三章の「人間は‘おおざっぱ’がちょうどいい」(法哲学)、第五章の「「ぼちぼち」という最強の生存戦略」(予測)などなど、あきらかに通説には異を唱えた発想を展開する講義だ。読んでいると、なんだか論理的なお笑いを観ているかのような痛快さが味わえる。年末年始、凝り固まった頭をほぐすには最適の一冊だ。
内藤 順 今年最も「勝負していた」一冊
旧知の編集者の方からご恵送いただいた一冊だ。「こんなの作っちゃいました」というテヘペロ系のコメントが付いてあったと記憶している。だが何も知らずに、うっかり嫁の前で封を開けてしまったボクの気持ちにもなってもらいたい。「こういうの最近流行っているんだって」という乾いたエクスキューズも虚しく、微妙な空気が我が家のリビングを支配した。
しかし本書はパンティだけに、中を覗いてみてもスゴい。様々な国籍、年齢、職業の33人の女性にセクシー・リラックス・お気に入りの3種類のパンティ自慢をしてもらい、精巧なイラストともに紹介した一冊である。
たかが布切れ、されど布切れ。そこには人生の侘び寂びが滲み出ている。登場するパンティの呼び名だけでも、ウキウキパンティ、適当パンティ、ふだん使いパンティ、魅惑のパンティ、リラックスパンティ、夏のパンティ、ミレニアムパンティ、ハッピーパンティ、ジョークパンティ、必ず効果ありパンティ、元気パンティ、ホームパンティ、ビッチパンティ、おやすみパンティ、ラッキーパンティ、思い出パンティ、失いたくないパンティ、大人パンティと、実に18種類。
またコットン派 VS アンチコットン派というパンティ上の意外な争点や、パンティならではのハミ出しコラムも充実している。これこそパンティが、心を映し出す鏡であることの証左と言えるだろう。まさに勝負パンツのワールドカップといった様相を呈している一冊だ。