著者の落合陽一は、学者、メディアアーティスト、実業家など多くの顔を持ち、「現代の魔法使い」と呼ばれる若手マルチタレントである。30歳で筑波大学学長補佐に就任したことでも話題になった。
その著者が、2015年の国連サミットで採択された、持続可能な世界を実現するための共通目標であるSDGs(Sustainable Development Goals)について解説したのが本書である。
SDGs達成の目標が2030年とされていることから、これを手がかりに2030年の世界を見通してみようというのが本書のもくろみである。
01年に国連で策定されたMDGs(Millennium Development Goals:ミレニアム開発目標)の後継として定められたSDGsは、貧困や飢餓の撲滅など17のゴールと169のターゲット(達成基準)から構成され、「地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)」ことをうたっている。
開発途上国のみを対象としていたMDGsと異なり、先進国と開発途上国の両方が対象となっている点や、国連やNGO(非政府組織)などの公的機関だけでなく、持続可能性を追求することが企業にとっても長期的利益につながるという理解から、企業が策定・運用に関わっている点に特徴があり、現在、日本も積極的にこれに取り組んでいる。
本書では、SDGsの理念を頭ではわかっても、自分の問題として引きつけて考えにくいのはなぜかという疑問から、どのように“自分事”として考えればよいのか、前身のMDGsやESG(Environment,Social and Governance:環境・社会・企業統治)とどうつながっているのか、今、世界はどのようなルールで動いているのかなど、小さな問題からグローバルな問題まで一気に俯瞰できるようになっている。
SDGsがらみの議論は、教科書的な「べき論」が先行しがちで、その全体的な構図をよく理解していない人が語ると、どうしても説教じみたものになってしまうが、本書にはそうした所がまったくなく、非常に説得力がある。
中でも印象的だったのが、米国、中国、ヨーロッパというグローバルな三極体制と覇権争いの中でのSDGsの意味づけである。
金融機関の責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)、気候変動に関するパリ協定、EU(欧州連合)内外の個人情報の流通を規制するEU一般データ保護規則(GDPR:General Data Protection Regulation)などを含めて、今、世界経済はヨーロッパの定めた「新しいルール」の上で動き始めている。これらは、GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト)に代表される米国のデジタル資本主義や、中国の国家資本主義という強権に対抗する、新しい思想的・文化的試みなのである。
SDGsの全てを2030年までに完全に実現する道のりは険しいかもしれないが、自分事として主体的にそれに取り組むこと、あるいは主体的に取り組んでいる人たちを応援すること。それが21世紀という困難な時代を生きる、われわれ人類一人一人が守るべき最低限の倫理なのである。
※週刊東洋経済 2020年1月11日号