人間ではない者との結婚である異類婚姻譚は世界中に存在する。日本でも『鶴女房』や安倍晴明の母親、狐の「葛の葉」などが有名だ。多くは動物が人の形となって現れるが『遠野物語』で紹介された「オシラサマ」という民話は異質である。
東北地方の貧しい農家の娘が、飼っている馬に恋をして夫婦となる。だが父親はそれを許さず、馬を殺してしまうのだ。悲恋というより気味の悪い物語だと感じた記憶がある。
第17回開高健ノンフィクション賞受賞作『聖なるズー』は動物(主に犬や馬)をパートナーにして、性生活も共にするという世界唯一の動物性愛者による団体、ドイツの「ZETA/ゼータ」に密着取材した驚愕のルポルタージュだ。
著者自身は動物性愛者ではない。だが過去に10年余りも恋人の性暴力に悩まされた経験があり、そこから逃げ出し、時間を経てから京都大学大学院の文化人類学分野でセクシュアリティの研究を始めた。そこで出会ったテーマが「動物性愛」だ。
「獣姦」ならわかりやすい。性欲を宥めるために動物を使うことはおぞましいが、その存在自体は知っている。しかし動物と愛し合い、パートナーとなって時にセックスもする、となると理解の範疇を超えていた。
著者は自身の経験から「愛とセックス」の問題を研究したいと考えていた。「動物性愛」について研究してみる価値はある。彼女はドイツに滞在し「ZETA」のメンバーとの濃密な接触に成功した。
多くの時間を費やしてインタビューはもちろん、パートナーとなっている動物たちとも会う。愛し方やコミュニケーションの取り方、いかにそのパートナーを大事にしているかを目撃していく。
私も最初は忌避感があった。だが次第に何か崇高なものを感じ取った。
本作は近来稀に見る問題作だろう。世の中にはまだ多くの秘境が残っている。人の心や愛も謎だらけなのだとあらためて確信を持った。(週刊新潮12/12号)
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実は『聖なるズー』を読んだとき、過去にこの手の本を読んだ記憶があり、ずっと探っていたのだ。先日、ふと「たしかムツゴロウさんだ!」と思い出した。本書にはオオカミ犬「アナバス」がムツゴロウさんに恋をしてセックスを仕掛けるシーンがある。ムツゴロウさんも観察しつつ、あるところまでそれを受け入れる。ムツゴロウさんだから許されたことだとしても、「ZETA」の人たちの行動とはそれほど違いがない。久しぶりに本書を読んで、あらためて畑正憲という人に驚愕している。