「『イノベーションか、死か』『テクノロジーか、死か』そういう時代を今、我々は否応なしに生きている」
こうした書き出しで始まる本書は、シンガポールを拠点として、長年にわたり世界各国のテクノロジーやイノベーションに投資してきたベンチャーキャピタリストの著者が、今、テクノロジーの最前線で何が起きているのかを、一般のビジネスマン向けにわかりやすく解説したものである。
とくに、本書に「文系ビジネスマンを中心とする『ノン・テクノロジスト』たちに、新たな視点を与えてくれる1冊」とあるように、ITリテラシーが低く、部下からテクノロジー関連のプレゼンテーションを受けてもまったく理解できずにプロジェクトを止めてしまうような文系エグゼクティブにとっては、必読の書である。
同時に、テクノロジーが我々の社会や資本主義という仕組みをどう変えていくのかという、より高い次元での議論も含まれており、幅広く社会学的な視点からも読むことができる良書である。
近年、世界のあらゆる事象、組織、ビジネスにテクノロジーが深く関わり、強い影響を与えている事実に焦点を合わせた新しい思考方法が、ここでいう「テクノロジー思考」なのである。
インターネット産業が成熟した今日、世界中で日々増え続ける莫大な投資資金は、「インターネットの外」に向かって流れている。
医療、交通、物流、教育、製造業など、リアルでフィジカルな世界をテクノロジーによって再定義する競争が始まっており、これが「デジタルトランスフォーメーション」と言われているものの正体である。
そして、その変革の激震地は、モビリティーとヘルスケアである。GDP(国内総生産)構成比も大きく、人間にとっての必要性も高いこの2大産業が、デジタルトランスフォーメーションの中心として、今、世界中から最も資金が投下されている分野なのである。
例えば、洋の東西いずれも、今のスタートアップ企業の企業価値上位は、米国Uberと中国DiDiのモビリティー2強である。また、ヘルスケアの分野においても、診断におけるAI(人工知能)活用、5G通信や遠隔医療、医療デバイスのIoT(モノのインターネット)化、病院経営のクラウド化、医療カルテでのブロックチェーン活用といった領域に、膨大な投資資金が流れ込んできている。
これに加えて著者は、テクノロジーによって、人々が大都市に過密群生しなくても都市的な生活や仕事ができる「地方革命」と、教育、金融、小売・流通などの分野で、従来は儲からなかった活動が儲かるビジネスへと化け始めている「ソーシャルインパクト革命」の2つを、「ポストインターネット革命」として挙げている。
そして、こうした2つの革命の中心は、今や米国から中国やインドに、或(ある)いは欧米人からアジア人に大きくシフトしているのである。
世界のビジネスリーダーや次世代リーダー候補にとって、テクノロジーに対する正しい理解は、もはや“better to have”ではなく“must have”なのである。
※『週刊東洋経済』2019年10月26日号