ある日を境に急に有名人になってしまうなんて経験、そうそうないだろう。だがソフィーとアンディの人生にはそのめったにないことが起きた。本書は、しなやかな発想で世界を驚かせた女子高校生2人の成長物語である。
ソフィー・ハウザーは、授業中に手を挙げて発表することにもおびえるほどの極度のあがり症だ。気楽に自分を表現できる場は日記か親友の前だけ。そんな彼女は、スタートアップ企業で働く兄の影響でプログラミングに興味を抱く。
一方、アンドレア(アンディ)・ゴンザレスは、お金に苦労した両親が子どもたちの教育に力を入れた影響で、幼いころから優等生だった。だがその一方でプレッシャーも感じていた。両親は医者か弁護士、エンジニアを目指せと言う。その中でアンディがなりたいのはエンジニアだった。
米ニューヨークで別々の学校に通っていた2人は、女子高校生向けのプログラミング講座「Girls Who Code」で出会う。Girls Who Codeは、IT業界における男女格差解消を目的に設立されたNPOで、夏にコーディングを集中的に学べる講座を開設していた。意気投合したソフィーとアンディは最終課題でペアを組み、ゲームの制作に取り組むことになった。そして世界をあっと驚かせた『タンポン・ラン』を生み出すのだ。
『タンポン・ラン』は、ドット絵で描かれた女の子が、警官に扮した敵に向けてタンポンを投げつけるゲームである。警官は女の子からタンポンを奪おうと迫ってくる(これは、銃の所持すら認められているテキサス州の議事堂でタンポンが没収された理不尽な事件を風刺している)。
ゲームを制作するにあたり、2人は「生理タブー」について徹底的に議論した。学校でタンポンを隠しながらトイレに向かったことや、買うのが恥ずかしくて母親に買いに行ってもらったこと。女子刑務所や発展途上国などで生理への無理解から女性たちが極めて不衛生な状態に置かれていることにまで議論は及んだ。
生理タブーを風刺した『タンポン・ラン』は幸いにも発表会で好評を博し、気をよくした2人はゲームをネット上で公開することにした。2人の人生が動き始めるのはここからだ。公開からわずか17時間後、イギリスの新聞が記事にしたのをきっかけに、瞬く間にゲームは評判となり、ユーザーからの感想やメディアの取材依頼が彼女たちのもとに殺到した。一夜にして2人は時の人になったのである。
コードを使えば、ちょっとしたアイデアに命を吹き込み、たくさんの人々の心を動かすものを生み出すことができる。ソフィーとアンディは、コーディングを学ぶ中で、社会をよりよい方向に変えていく力が自分たちにも備わっていることに気づく。ITで世界を牽引する米国ですら、女性のプログラマーやエンジニアは少ないという。ダイバーシティこそ、イノベーションを生み出す土壌であることを私たちは忘れてはならない。
本書は米国児童図書評議会の高校生向けベストSTEM図書にも選出されている。とくに10代の女の子たちに手に取ってほしい一冊だ。ソフィーとアンディのポジティブなメッセージは、未来に不安を抱く彼女たちの背中を力強く押してくれることだろう。
※『週刊東洋経済』2019年11月2日号