著者太田牛一は長寿の人であった。名古屋市北区に生まれ、大阪市中央区で亡くなった。享年86。死因はインフルエンザをこじらせたためだといわれる。
と、今日の人のように書いたのは、その筆致がじつに現代的だからだ。もちろん原文はいわゆる古文なのだが、現代語訳すると論理的な構成になっていることに驚かされる。中川太古氏の現代語訳が素晴らしいということはいうまでもない。
牛一は信長の家臣であったから、褒めこそすれ、評伝作家のような批判精神は持たない。淡々と事実を書き連ねるだけだ。それゆえにすぐれた戦国歴史ノンフィクションを読んでいるような感覚になる。
本書は2013年に刊行された『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)を再編集したものだという。文庫版からA5判になり、老眼になやむ中高年にとって非常に読みやすくなった。巻末にまとめられていた注釈も、各ページに脚注として振られて読みやすくなった。
少子高齢化に対応した出版だと感心した。これまでは単行本が出版されてしばらくして文庫化されることが多かった。しかし、これからは古典などの教養書がA5判に改版されることが多くなるかもしれない。本好きの中高年にはありがたいことだ。
それにしても信長は忙しい。天正二年の出来事を記述した第七巻だけでも、浅井・朝倉の首を肴に酒宴をし、裏切り者松永久秀を降参させ、越前では一揆が発生する。東大寺で蘭奢待を切り取り、石山本願寺では挙兵があり、その間に賀茂祭りで競馬を楽しんだ。高天神城落城、その詫びに家康に黄金をわたし、長島一向一揆を平定した。翌年には長篠の合戦が待っている。
このとき信長は満40歳。明智光秀の謀反で自害したのは48歳。その短くも濃い人生が470ページにまとめられ、たったの2000円。良い時代に生きているとつくづく思う。
※週刊新潮 2019年11月7日号