我々はSNSやソーシャルゲームに備わる巧妙で強い依存性のある仕掛けに心を絡め取られている――というのは、評者が先月レビューしたアダム・オルター『僕らはそれに抵抗できない』(ダイヤモンド社)の主張である。記事への反応を見るに、こうしたテクノロジーの利用法にモヤモヤしている方は大勢いるんだなあ……と思わずにはいられなかった。
さて本書『デジタル・ミニマリスト』は、上述のアダム・オルターの研究等を踏まえ、フェイスブックやツイッターといったデジタルテクノロジーから距離を置くメソッドを紹介し、孤独に思惟思索をしたり趣味に耽溺したりする時間をつくって人間らしく生きようと提起する一冊である。デジタル・ミニマリズムとは以下のように定義される。
自分が重きを置いていることがらにプラスになるか否かを基準に厳選した一握りのツールの最適化を図り、オンラインで費やす時間をそれだけに集中して、ほかのものは惜しまず手放すようなテクノロジー利用の哲学。
この考え方のポイントは完全なデジタル断ちを求めないことだ。著者はアメリカのジョージタウン大学でコンピューター科学を専門とする研究者で、反テクノロジー主義では無論なく、テクノロジーとの適切な付き合い方を模索・探究している人物だ。
SNSから延々と飛び出すスロットマシンのような情報の奔流や、「いいね!」ボタンによる強力な承認欲求については本を実際に買って知っていただくとして、本稿では著者が2017年末に1600人を対象に行った集団実験「デジタル片付け」の方法と得られた知見をいくつか挙げてみるとしよう。
まずデジタル片付けの目標は、テクノロジーに触れる時間を極力減らし、新たな活動ややりがいのある行動などを探したり再発見したりすることにある。その上で休止していたテクノロジーを再導入し、本当に自分の生活にメリットがあるかどうか検討するのだ。休止期間はとりあえず30日(一ヶ月)と著者は述べる。
しかし、朝起きてから夜寝るまでスマホと一緒に生活している方ならば容易に想像できると思うが、これは相当に難しい。なにせ信号待ちや電車待ちの暇つぶしでもスマホを開いてはならないし、SNSのチェックをやめれば友人関係が疎遠になってしまうかもしれない。事実、著者の実験の参加者で、空いた時間に何をすればいいかわからず不安になったり、短期間だけのデトックスにしかならず30日後に元通りになったりして失敗した人が少なからずいたそうだ。
こうした欲求には、より大きな充実感をもたらす質の高い余暇活動で抗うのが第一だ。たとえば趣味を見つけること。手持ち無沙汰になるとスマホに手が伸びるので、なるべく体を動かすものが良い。物質的な作品をつくる、他人と直に交流するといった活動がおすすめだ。本書ではスポーツジムでのフィットネスやボードゲームなどが挙げられている。
また、それなりに勇気があると自負している人ならば、「いいね!」ボタンを押さないと決めてしまうのもありだ。思い切ってスマホのSNSアプリを全て削除し、パソコンからでしかつなげないようにして接続を困難にするという強硬手段もある。
これに関して興味深い指摘がされている。人間は社会的動物なので、他者との交流もしくはコミュニケーションに喜びを感じる。SNSはソーシャルメディアなのだから、人間がSNSにハマってしまうのは至極当然の流れだ。実際、ある研究論文によれば、ソーシャルメディアを利用すると、控えめながら幸福度を上昇させるそうだ。しかしそれは刹那的なものにすぎず、ヘビーユーザーになればなるほど、孤独感や惨めな気分が増大していくとの分析もある。つまり、人間の高い社交欲は、ソーシャルメディアでは満たされないのである。
だから、SNSで友達の投稿チェックをやめて関係が希薄になってしまうのは恐ろしいが、かといってSNS上の弱いつながりがリアルの友人関係のもたらす深い喜びに勝ることは基本的にないと言っていい。さらに言えば、人間はこれほど大量なつながりを維持できるようつくられていないのだ。
加えて、ずっと孤独でいるのは人間には耐えがたいことだが、時として孤独な時間をつくるのも人生を豊かにするうえで必要だ。スマホは一人きりでゆっくりと考える時間を奪ってしまった。重大な問題に取り組むときは、情報のインプットも大切だが、情報を十分に咀嚼して自分の血肉に変えていく静かな思索も同じくらい意義がある。スマホを置いて出かけたり、散歩したり、大自然の中でぼんやりしたり……。ただ、あまりにも孤独が長すぎると自意識に潰されてしまうので、定期的に行うのがベストである。
デジタル・ミニマリズムを実行していくための概念を大雑把に見てきたが、本格的なメソッドは他にもたくさん記されている。どのようなデジタル・ライフにするかは各自の判断による。評者など、ツイッターを使っていなければこうしたレビューを書く機会はなかったので、見る時間は減らせそうだがやめることはできそうにない。自分の書いた記事へのリアクションも気にならないとは言えない。悩ましいところだ。
とにかく確実に言えるのは、人生における深い充実感や楽しさは、スマホをいじっているだけでは手に入らず、現実世界での面倒くさいことや複雑な事柄と取っ組み合い、乗り越えた先にあるということだ。デジタルデバイスは便利だがあくまでも道具である。この道具を上手に使いたいが支配はされたくないと切に願うのであれば、本書は間違いなく最良の手助けになるだろう。