『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』緩くつながり、ときに裏切り、香港で見たアングラ経済の姿

2019年9月21日 印刷向け表示
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チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学

作者:小川 さやか
出版社:春秋社
発売日:2019-07-24
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香港の中心街に立地するチョンキンマンション。安宿が密集するこの建物は、沢木耕太郎の『深夜特急』に登場したこともあり、今でも日本からの旅行客を引きつけている。

2016年に香港の大学に客員教授として所属した著者は、ひとりのタンザニア人、カラマと知り合う。彼は「チョンキンマンションのボス」と名乗った。

「ボス」の日常は怪しさに満ちあふれていた。毎日、昼ぐらいに起き、夜な夜な仲間とたむろ。仕事は中古車ブローカー。インターネットを使って母国と香港の業者の取引を仲介している。大して働いている様子はないものの、月に数万ドル稼ぐこともある。

経済人類学者の著者が彼らの商慣行や起業家としての側面に関心を寄せるようになったのは自然の流れだった。本書は国家の制度などに守られない彼らがいかに自前で生きるかに迫っている。

ネットで個人間で売買するための商品情報を提供する仕組みは21世紀の今、シェアリングエコノミーとして注目を集めている。興味深いのは、彼らは専用の売買サイトを構築しているわけではなく、インスタグラムなど既存のSNS(交流サイト)を活用しているところだ。おしゃれに着飾った自らの写真に、中古車の情報をまじえて投稿する。

そこには専用サイトに見られるような利用者による相互の評価付けなど、運用を効率化する仕組みは存在しない。信頼を担保するのが難しい中でも、「危険な他者」を積極的には排除しない。

こうした仕組みは香港のタンザニア人社会全体に通底している。例えばお金がない仲間にはおごるし、住む場所に困っていれば、自宅に泊める。事故や病気で仲間が亡くなり、母国に遺体を送るお金が家族になければ皆で出し合う。即座のお返しを求めないし、一期一会の関係も少なくない。

とはいえ、彼らがお人よしで、人を裏切らないというわけではない。むしろその逆である。彼らは決して人を信じない。他人の商売を邪魔しないという不文律はあるが、仲間を欺いてでも商売に食い込めないか、かすめ取れないかと常に考えを巡らす。

一方、客や仲間を追い詰めない。絶妙なバランス感覚を持ち、やり過ぎず、ずる賢く、たくましく生きている。

カラマは政治家とも付き合えば、犯罪者とも売春婦とも交流する。それが彼にとっての安全網なのだ。経済のルールなど皆無に等しく再分配制度も不十分な環境で育ったからこそ、その場で、そのつど助け合う仕組みを自然に作る知恵が彼らにはある。

もちろん、必ず手を差し伸べるわけではない。彼らは基本的には個人主義者だ。人付き合いをあくまでもビジネスの延長と割り切ることで緩やかな連携を維持している。

明治以降、日本は合理化の追求によって生活は確かに豊かになった。だが、合理化を突き詰めるあまりに、社会からいい加減さやズルさを許容する土壌がなくなり、窮屈さをもたらした面は否めないだろう。

タンザニア人たちは効率や正しさよりも日々を楽しむことに価値を置き、必要に応じて技術を取り込んでいる。いかに遊び、楽するか。彼らから学ぶことは少なくない。

※週刊東洋経済 2019年9月21日号

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作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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