『レオナルド・ダ・ヴィンチ』天才 その二面性

2019年7月15日 印刷向け表示
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レオナルド・ダ・ヴィンチ 上

作者:ウォルター アイザックソン 翻訳:土方 奈美
出版社:文藝春秋
発売日:2019-03-29
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唇を制御する神経の考察。
友人に先を越され苦悩する姿。

天才の反対を凡才とするなら 、レオナルド・ダ・ヴィンチはその両面を持っていた。

本書は7200ページにわたる自筆ノートから、本人を検証した評伝だ。ノートには唇を制御する神経のスケッチから、友人たちに先を越され落ち込んだ気持ちまで記されている。天才で片付けられてきた彼も、わたしたちと同じ感情を持つ人間だとわかる。

彼は《モナリザ》《最後の晩餐》《ウィトルウィウス的人体図》など、世界の誰もが知る作品を残した。誰しも下積み時代があるように、彼とて最初から完璧な作品を生み出していたわけではない。生まれた環境も非嫡出子だったこともあり、学校教育はほとんど受けていなかった。ラテン語や複雑な計算の習得にも苦労したのか、ノートには顎をつき出した、しかめ面の男も描かれている。

本来であれば、いたずらに時間を浪費せず、人々の記憶に残る作品を生み出す喜びを感じている日々なのに

20代後半のノートには、レオナルド自身の焦りと心の叫びが書き連ねられている。

レオナルド本人が超人ではなく、同じ人間であった証拠は数々の未完作品からもうかがえる。騎馬像・壁画・飛ぶことのなかった飛行装置・使われなかった戦車など。同年代のライバルであるボッティチェリは、メディチ家から依頼を受けすでに大作を仕上げていた。かたや30歳の誕生日を迎えたレオナルドは、これといった実績もない。その時のノートに、だらりと身体が垂れ下がった絞首刑の男をスケッチしている。ボッティチェリの描く華やかな《春》とは対照的に、黒で書きなぐった姿に自らを重ねたのだろうか。

「一つでも完成したものがあるなら、教えてくれ」ノートには何度も、教えてくれ、教えてくれとある。

それでも彼には、人一倍の好奇心があった。それまで慣れ親しんだフィレンツェを去り、30歳以降は新しい希望を見るかのようにミラノに向かった。

「トンボは四枚の羽で飛ぶ。前の二枚が上がるとき、後ろの二枚は下がる」

なにげない1文が記録されているが、この考察に至るまでに一体どれほどの時間をかけてトンボを見たのだろうか?さらにトンボを観察するために適した城のポイントなど、メモはこと細かにページ全体にわたり書かれている。

ミラノ公に送った自己推薦状では、技術者の力量を示すため橋・水路・大砲・戦車など制作可能な例について10段落を割いた。軍隊を動かさない平時においては、大理石やブロンズ、粘土で公共用の彫像を製作することもできる、と徹底的に自分をアピールしている。推薦文の最後には「どんな絵でも描いてみせます」とつけ加えられた。

たしかに、レオナルドがどんな絵も描けるというのは事実である。彼の強みのひとつに、事象を正確に記録できることがある。父が公証人という職業も幸いしたのか、彼は記録魔としての才能があった。それらは蓄積され英知となり、興味のベクトルは建築・水の流れ・幾何学・解剖学などあらゆる領域に及んだ。《モナリザ》に代表されるスフマート技法を生み出したのも、その英知がそれぞれの領域を横断し生かされた結果だろう。

レオナルドの性格にはクセがあり、こだわりが強く、ちゃめっ気があり、すぐに気が散るなど極めて人間的だった。もちろん天才の側面もあるのだが、それは独学で知識を身につけ、道を切り開いていった結果だろう。

なぜ空は青いのか。生涯、世界の深奥なる美しさに迫りたいという少年のような欲求があった。 前向きで、とどまるところを知らないレオナルドは晩年になっても好奇心のまま自分の道を進み続けた。彼の二面性を知ることで、彼ほどの才能を身につけることはかなわないとしても、生きる上での多くを学ぶことができる。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ 下

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