分かれ道に立ったとき、右か左かどちらに行こうか、立ち止まって考え、そして、悩む。最終的にはどちらかに決めて、歩を進め、また、次の分岐点にぶち当たる。人生とはそんな分かれ道の連続である。そして、その決断はときに物語を生み出す。もし、あのとき、左に行っていたら、AではなくBを選んでいれば、、、タラレバの妄想は物語の源泉である。
また、人生の重大な決断は、突然やってくる。うまくできるようになったほうがいいけれど、中学・高校や大学でも体系立てて教わらない。だから、身近にある材料とそれまでの経験をごちゃまぜにして、なんとか最善の決断を下そうとする。歴史や小説などを読み、過去の英雄の決断を追体験し、自分の血肉とする方法もよくおすすめされているが、いざ目の前にあらわれた分かれ道を前に、悠長なことは言ってられない。
本書がとにかくおすすめなのは、物語を通して(つまり、体系立てて、紹介されているわけではない)、決断するうえでの心構えとやり方がいつのまにかわかっていることだ。読み終えた後には、決断することについて全体像がわかり、人に語りたくなる決断のエピソードも蓄えられる。
そんなことは本を読むときに当然期待することだから、何も驚くことではない。ただ、一回読んだだけで記憶に刻まれる本というのは珍しく、その理由の1つとして考えられるのは、本書が構想から執筆までに約10年の時間をがかかっていることだ。一つ一つの物語やエピソードはその長い時間の間に収集され、淘汰され、残された秀逸なものばかり。
世界の見方を進化論によって劇的に変えたチャールズ・ダーウィンの決断は、しっかりと記録に残されている。ただし、科学の偉大な発見に関する決断ではなく、とても個人的な悩みが。それは、とある女性と結婚するか、しないか、である。
結婚に悩んだダーウィンはノートを開き、左側のページに結婚反対用のメリット・デメリットを、右側のページに結婚賛成用のリストをつくった。
結婚反対用(結婚しない) | 結婚賛成用(結婚する) |
・好きな場所に行く自由がある |
・子ども(もし神が望むなら) |
このやり方には驚きはないのだが、子供じみた内容がおもしろいのだ。この結婚前の男のくだらない悩み一覧は、案外自分で書き出すのには(バカバカしくて)難しいから、結婚するかどうかを逡巡している男性には貴重なリストだと思う。
ダーウィンはノートを何度も見返して逡巡したが、結果として敬虔なキリスト教徒の女性と結婚し、子どもにも恵まれた。そして、この結婚が進化論を世に公表するかどうかの決断に、大きな影響を与えたことは、このノートを記したときのダーウィンは知らない。
ダーウィンの決断エピソード以外にも、国際テロ組織のアルカイダの最高指導者ウサーマ・ビン・ラディン捕獲作戦での決断から身近な天気予報の予測手法の進化まで、決断のおもしろく深い物語がキュレーションされている。
そして、昨今の環境問題やテクノロジーの進化により、新たな種類の決断が登場している。過去に経験したことがあり、何を心配しなければいけないかわかっている種類の決断(例えば、洪水や津波)ではなく、三世代後に噴出するかもしれない脅威から身を守るために、どんな先手を取るかの決断である。
気候変動やAIなどのスーパーインテリジェンスの発展について、50年から100年後にどうなるかの予測はあるが、実際に人類が直面した経験がない。しかしよりよい結果を実現するためには今、決断を下し、それを行動に移すことが求められている。今の選択が私たちの子孫の繁栄に重大な影響を与える。私たちの世代はどのように取り組もうとしているのか、そして賢明な選択はできるのだろうか。
しかし、不確実な未来についての意思決定はあらゆる有識者がこれまでに議論し、手垢がついて、自分の頭で考えるよりも、往々にして誰かの意見に流されてしまう。そこで、異質で手垢の比較的ついていない決断の問いを最後に紹介したい。
「私たちはほかの惑星に住む知的生命体と話すべきなのか」である。イーロン・マスクを初めとする科学とテクノロジーの先覚者たちは「ノー」と答える声明に署名した。あなたなら、どうするか、そしてどんなメッセージを送る決断をするだろうか。
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