高校生山岳部員たちの命を奪った雪崩事故は何故おきた『那須雪崩事故の真相 銀嶺の破断』

2019年6月27日 印刷向け表示
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那須雪崩事故の真相 銀嶺の破断

作者:阿部 幹雄
出版社:山と渓谷社
発売日:2019-06-01
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2017年3月27日に発生した那須雪崩事故、といってもわからないかもしれない。しかし、栃木県立大田原高校の生徒7名と指導教員1名が死亡、40名が負傷した雪崩事故、というと記憶しておられる方も多いだろう。その事故の原因に鋭く切り込んだのがこの本だ。

春山での積雪直後、スキー場近くでの雪崩による8名もの死亡。少しだけれど雪山の経験がある。判断や指導は十分だったのかと思ったことをよく覚えている。そして、大田原高校山岳部顧問であり、高体連登山専門部委員長でもある猪瀬教諭が、事故翌日の記者会見で、100パーセント安全と判断したと発言したことに対して違和感を強く抱いたことも。

雪崩の場所や規模、原因を探るためにヘリコプターが飛ばされたが、雪と風のために、すでに雪崩の痕跡はなくなっていた。しかし、現代の科学技術をもってすれば、完全ではなくとも、相当なところまで雪崩の原因を突き止めることができる。

天気図、降雪状況、積雪状態などから、いくつものことがわかった。まずは雲粒(水滴や氷の結晶)の少ない降雪結晶が降って弱層ができ、その上に三月下旬としては20年度に一度という大量の積雪があり、表層雪崩がおきたということ。

猪瀬教諭は保護者への説明会で「講習会で雪崩が起きたことなど一度もなかった」と説明した。しかし、著者の阿部幹雄によると、それは虚偽である。7年前に猪瀬教諭自身が講師として参加していた講習会で、規模は小さかったが、実際にあったのだ。だが、その雪崩事故は県教委や高体連に報告されることはなかった。

その程度、たいしたことではなかろうと思われるかもしれない。しかし、その雪崩は降雪結晶による表層雪崩によるもの、すなわち那須の雪崩と原因が同じだったのだ。もし、その雪崩事故を真摯に受け止めて教訓にしていれば、那須での訓練は、積雪状態などから見送られていたかもしれない。

100%安全という誤った判断が雪崩への対策を甘くした面もあるだろう。事故発生後、消防への通報まで39分もかかったのもそのひとつだ。雪崩からの生存は時間との闘いで、埋もれて35分後の生存率は20%以下とされている。那須での雪崩事故では、2時間以上経過してからの生存者が2名もいただけに、もう少し早く通報されていればと思ってしまう。

大事故は、小さな要因が重なって起きることが多い。どのような「ラッセル訓練」であるか、どの場所でおこなうか、などについて、指導者たちの間で意思統一がなされていなかったのではないかと指摘されている。なにも起きなければどうという問題ではないが、振り返ってみるといずれもが原因のひとつである。

登山の隊列は、通常、先頭と後尾に体力がある者、そしてその間に比較的弱い者がはいる。一隊としてスムーズに行動するには、それが合理的なのだ。しかし、事故の際の大田原高校の隊列は違っていた。新雪での行動がきつすぎたためか、体力のある2年生が前に、1年生が後ろにと分かれてしまった。

そうなると、隊列が長く伸びてしまう。最後尾にいた菅又主任講師は、樹林帯を抜け斜度が急になったあたりで、滑落の危険もあるからここまでにしようと考え、引き返すようにと指示をだす。20メートルほども離れた隊列の先頭まで伝言ゲームのように伝えられたが、2年生たちは行きたいと返事をよこす。そして許可してしまう。

菅又講師は、大田原高校ではなく、ライバル真岡高校の教諭で登山部の顧問であった。いつも指導している自校の生徒なら、もっと強く止められかもしれない。また、一班・大田原高校の生徒たちには、やや前方に姿を見せた二班・真岡高校に対するライバル心があったのかもしれない。こうして、不運は重なり、悲劇へとつながっていった。

栃木県教育委員会が設置した委員会による報告書の検証、現地での調査、最新の画像解析、そして、なによりも「生きていることを責め、自分たちの無知を責め、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいる」生き残った生徒たちの証言。さまざまな角度から、雪崩事故の真相が明らかにされていく。

県教委の報告書は、自然発生の雪崩か、人が斜面にはいったために発生した人為的な雪崩かの判断を保留している。しかし、阿部の結論は、後者の可能性が非常に高い、というものだ。そうなると、雪崩を誘発したのは、一班の大田原高校なのか、90メートルほど離れた下方をトラバース(斜面を横切ること)していた二班の真岡高校なのかが問題になる。

それを知るには、雪崩発生の時の異変や前兆現象を見た可能性が高い二班のメンバーたちの証言が必須である。しかし、それについては何ひとつ語られていない。こういったことをうけて阿部は、「あとがき」で、高校山岳部のあり方やその指導者たちの責任を厳しく問うている。その書きぶりなどから、阿部はあることにかなりの確信を持っているような印象を持った。

生き残った者は、自分を責める。仲間を救うことができなかったと。

1981年、阿部は北海道山岳連盟のミニャ・コンガ登山隊に参加した。第一次登頂隊12名のうち8名が死亡。うち7名の滑落は目の前での出来事だった。その阿部も下山中にクレバスに落ちて死を覚悟する。しかし、高校教諭であった副隊長・奈良による死を顧みない活動によって救助された。それから20数年間、仲間とともに、氷河に埋もれた8名の遺体の捜査収容をおこなった。

わたしは遭難の生き残り。助けられ、今、生きている。(生き残った)少年たちのために役立ちたいと思う。そして、高校性の息子を突然、しかも部活動で失ったご両親の心を慰めることができればと思うのだった。

単なる詳細な山岳ノンフィクションではない。PTSDに苦しめられ続けるであろう、生き残った少年たちに自らの人生が重なる。死ななくてもよかったはずの8人が亡くなってしまったのは何故なのか。阿部の問いが聞こえ続ける鬼気迫るドキュメンタリーだ。

 

生と死のミニャ・コンガ (ヤマケイ文庫)

作者:阿部 幹雄
出版社:山と渓谷社
発売日:2017-01-20
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 阿部幹雄が自身のミニャ・コンガでの遭難を、そして、遺体捜索から収容、慰霊についてを描く。山岳遭難に対する阿部の考えが伝わってくる。

空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日 (ヤマケイ文庫)

作者:ジョン・クラカワー 翻訳:海津正彦
出版社:山と渓谷社
発売日:2013-07-31
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エベレスト大量遭難事件の記録。映画『エベレスト 3D』にもなっている。
 

トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか (ヤマケイ文庫)

作者:羽根田治
出版社:山と渓谷社
発売日:2012-07-23
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2009年夏、登山ツアー15名のうち8名が亡くなったトムラウシ山大量遭難事故の検証。
 

八甲田山 消された真実

作者:伊藤 薫
出版社:山と渓谷社
発売日:2018-01-17
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『八甲田山死の彷徨』はフィクションだった。塩田春香のHONZレビューはこちら
 

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相

作者:ドニー・アイカー 翻訳:安原和見
出版社:河出書房新社
発売日:2018-08-25
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謎の遭難事件の真相は如何に? 首藤淳哉のHONZレビューはこちら

 

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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