霞ヶ浦のレンコン農家に生まれ、社会学で博士号を取得し、民俗学の研究者となり、二刀流ではじめた超高級レンコンの商品開発に成功したアラフォーの物語だ。いまではニューヨークやパリのレストランでも使われているという。
しかし、けっして頭脳明晰な新世代農業経営者の成功物語ではない。研究者として民族学会に出席していた著者は、先輩研究者から「中国行ってレンコン1本1万円で売ってきなさい」と挑発的な言葉で励まされる。
そして、日本で5000円なら売れるかもしれないと、本気になってしまったのだ。農家に生まれ、学会で育った若者である。マーケティングもロジスティクスも知らなければ、そもそも高級品市場がなかった。
父親は徹底的に大反対。母親からの資金支援も底をつき、手伝ってくれた妹もプレッシャーから逃避するようになる。はじめての展示会では多額の資金を使い果たして大失敗。
そこからどのようにして市場の5倍という高級レンコンが飛ぶように売れるようになったのだろうか。続きは本書をお読みいただきたい。ヒントは著者は経営学ではなく民俗学でビジネスを成功させたということである。
本書が経営方法について思い悩んでいる農家の一助となり、日本農業の目指すべき方向性への示唆となると嬉しいと著者は記す。しかし、本書は起業家にとって最良のケーススタディであり、消費者にとっては美味しい食材選択の基準にもなる。学校では民俗学の入門書ともなるだろうし、平明で明晰な文章は作文の手本になるかもしれない。
同時に農家の悲哀も味わうことになるだろう。「これからの農業に携わる者は、これまで気が遠くなるほど永きにわたって苦労をし続けてきた全ての農業者の哀しみを背負う覚悟をしなければならない」という言葉は今後の日本農業への応援歌だ。
※週刊 新潮 2019年6月6日号